大覚寺狂言3 「大物の浦」


大覚寺節分祭の奉納狂言は まだ続きます

次は 少し年数がたった義経主従です
平家を壇ノ浦で打ち取ったのに 兄頼朝に疎まれ 逃避行が始まります
海路で吉野へとのがれようと摂津の国大物の浦で お天気待ちをしているところです

大物の浦 渡海屋

義経主従の逃亡は ここ 大物から始まり 奥州平泉で終焉をむかえるのです
とっても重要な場所で 歌舞伎でも 義経千本桜大物の浦があります

大物浦は海上交通の要所として 運ばれてきた物資はここで積み替えられ陸路を運ばれたのです
現在海は埋め立てられ 海岸線は遠くに行きました

この能舞台の鏡版の絵は 大覚寺草創を物語る室町時代の絵巻物(土佐光信作 米国フリーア美術館所蔵)をもとにして 往古の尼崎の松風と潮騒が描かれています

では 続きで画像を見てくださいね

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続きです

写真でスライドショーを作りました
下にキャプション セリフをいれています
パントマイムのような手振り狂言でしたので セリフはないのですが 作っていれました



現在の大物は 埋め立てられて海から少し中に入っています

この後義経一行は吉野山にのがれ 静御前も吉野までおっかけるのだったかなぁ 

この狂言のあと 豆まきまで1時間ほど間がありましたので 偶然出会ったひと達と商店街まで食事に出ました
颯爽JAPANうを写しに行ったときによく出会う人とお会いしたのです

狭い区域を写しまわっていますので あちらこちらでどこかでお会いしましたね というお顔に出合います

その方とは よさこい以外ではお会いしたのは初めてで こういうのも写されるのですねって言われました

興味があるものなら何でも無節操に写しています

尼崎は 古い町です
近松門左衛門が著作活動をしていた広済寺があり 近松祭では 人形浄瑠璃や浄瑠璃など演芸がおこなわれます
また 中世の城跡 富松城址では 薪能が毎年開催されます 
昔の大物の浦あたりに大物川公園があり ここでは野外能舞台で薪能をするようです


次回 豆まき風景と大覚寺風景 アップします


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カメラ機種名 Canon PowerShot S95
撮影日時 2011/02/03
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Theme: 伝統行事 | Genre: 写真

コメント

NoTitle

こんにちは~

大物浦のお話なんですね。
静、能面だとこうなりますか。
あぁ、知盛。

今では埋め立てられてるんですか、残念。
大物川公園での能、見てみたいなぁ~

2011/02/09 (Wed) 10:46 | とっぷん #zRY05/.E | URL | 編集

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