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萩 その2 伊藤博文旧居

松下村塾から 歩いて5分ぐらいの所に 初代総理大臣 伊藤博文旧居があります
左手に 博文公の 像がありました
この蔵が 萩焼で出来ているそうです

伊藤博文生家



伊藤博文は 天保12年 周防国熊毛郡束荷村(山口県熊毛郡大和町 に生まれ、父は長州藩軽率伊藤直右衛門の庸人林十蔵で、蔵元付仲間伊藤家の養子となり、下級の武士身分を得た。

家貧しく 12,3歳で若当奉公に出 14歳のときに伊藤姓を名乗った。
松下村塾で学び 尊王攘夷運動に加わります

旧居の見取り図です
小さな部屋が あります


見取り図




室内1


奥に写真がかざってありました
長年見慣れた肖像写真です

写真


室内2


台所です

かまど


隣に 立派なお屋敷がありました
東京ににあった別邸の 玄関部分と大広間などを移築したものです 

別邸玄関


玄関を入ったところの廊下です

廊下


左手に大広間があります

座敷1


立派な床の間です
ここに 明治天皇をお迎えし 玉座として使うつもりだったそうですが 暗殺され
出来ずじまいでした

床の間


欄間です 非常にシンプルなデザインです

欄間


廊下の天井です
たたみ5枚分の杉の一枚板です

天井


右手には 離れ座敷があります
ここでは 季節柄 雛人形の展示をしていました
其れはまた ぺージを改めて 載せます

お雛様は こちら

旧宅には 初代兵庫県知事として赴任する28歳まですんでいたそうです
兵庫県人ですが 伊藤博文が 初代知事だったってことは 知りませんでした
このあと 博文は 初代総理大臣になり 明治42年 中国ハルピン駅で暗殺されました

水のみ百姓の子として生まれ 下級武士身分を得 激動の中を ぐんぐんと出世していった有様を 具体的に家という形で見るころは出来ました

伊藤博文といえば 女好きということで知られていますが この家は非常にすっきりとしたシンプルなものでした
秀吉のように 金ぴかの成金趣味の持ち主ではなかったようです
この家は 冬は寒いだろうけれど 落ち着いたいい家でした
宮大工が建てたものだそうです

カメラ機種名 Canon EOS Kiss Digital N
撮影日時 2006/02/20




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コメント

記事が載ってましたヨ

http://jump.sagasu.in/goto/blog-ranking/で記事が紹介されていたので、見に来ちゃいました。(^^)また見にきまーす。

2006/02/28 (Tue) 11:16 | HOLIZON #- | URL | 編集
Re.記事が載ってましたヨ

HORIZONさん 
新着で 紹介されていたのでしょうか?
ありがとうございました
これからもよろしくお願いいたします

2006/02/28 (Tue) 11:22 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

日本の夜明けの立役者が集まる山口県ですね。

伊藤博文って水のみ百姓の出だったのですか。
知りませんでした(苦笑)

同じような出世をしていった豊臣秀吉とは正反対ですね。
これも時代が そうさせたのかな?

2006/03/04 (Sat) 19:58 | ととろ #Bw/UZ7R6 | URL | 編集

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