島根への旅4 明治の館 興雲閣

島根への旅 今回は 松江城山公園の一角にある 明治の香り漂う洋館 「興雲閣」のご紹介です

興雲閣1

松江城二の丸跡を歩いていますと 一段高いところに 木々の間から白い建物が見えました

相当古そうな建物です 興雲閣と額がかかっています

興雲閣は 明治天皇を山陰地方へお迎えしようとする目的で 1902年~1903年(明治35~36年)に建てられました

しかし 1904年に日露戦争が始まり 山陰への行幸は実現しませんでした

1907年 当時の皇太子(のち大正天皇)が山陰御巡啓に当たって 宿泊所として使われ迎賓館の役割を果たしました

その後 迎賓館や展覧会場として使われてきましたが 1973年からは内部に松江郷土館が開設されています

では 内部を拝見しましょう


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続きです

建築当時 ロシア宮殿風といわれていたそうです

興雲閣 正面

建築年代にくらべて様式が古く 全体が華奢な洋風スタイルの上に 入母屋の屋根をのせています
和風の意匠も随所に取り入れた明治期の擬洋風建築です
ベランダを支える円柱は 石の上にたっています
この石は 中海に浮かぶ大根島産だそうです 

興雲閣 

入り口です

興雲閣 入り口

中に入ると 和風です

興雲閣 内部

郷土館です 嫁が島とシジミ漁の様子を展示してありました
このほかにもおまつり関係の展示もありました

展示品 シジミ漁

島根といえば このかたたち 島根姉妹 マナカナちゃんたちです

しまねにしてね

階段です

階段

2階展示室

2階展示室

ベランダに面した応接室 この部屋は拝謁所として使われました

居間?

貴賓室 (御座の間) 皇太子宿泊時に御座所 ご寝室になりました 
椅子 手洗い桶 御簾(すだれ)は当時のものだそうです

大正天皇の部屋

2階には ベランダを張り巡らせてありました
元からの柵の手前に木製柵を設置してありましたが 柵近くによるのはちょっとこわいです
勿論 「危険ですから近くに寄らないでください」と札があったと思います

ベランダ

こちら側の隣が松江神社です

ベランダ 松江神社側

外観は洋風建築ですが 内部は和風でしたね
設計:和泉利三郎(いずみりさぶろう)と言う人だそうです
建てたのは勿論日本の棟梁たち
工夫を重ねて 何とか洋館を建てようと一生懸命だったでしょうね

興雲閣

屋根には日本瓦が乗っています

天守閣から見た興雲閣です 入母屋の屋根が写っていました
ということは ベランダからもお城が見えるということですね
ベランダをぐるっと回れば 見えたのですね  残念

天守から興雲閣


私はこんな建物が大好きです
職人達の知恵と技がいっぱい詰まっていて 暖かくかんじます

大切に保存されていて 作られた当時のまま残っているのは本当によかったと思います

島根への旅 次回は 松江の武家屋敷のご紹介です

最後まで読んでくださって ありがとうございました だんだん(島根の言葉で ありがとう)


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カメラ機種名 Canon PowerShot G10
撮影日時 2010/04/19
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Theme: 国内旅行 | Genre: 旅行

コメント

大切に

 保管されているのでしょうね
 美しい建物ですね
 先日は 錦糸梅教えてくださって
 ありがとうございます
 島根は 落ち着いた風格がありますね。

2010/06/14 (Mon) 16:53 | 小紋 #- | URL | 編集

当時の大工たちの苦労というか、工夫が偲ばれます。
欧米へ行ったこともない人たちが、図面と絵・写真と話から想像して作ったのでしょうね。

2010/06/14 (Mon) 17:25 | AGIOS #HC9guL7U | URL | 編集

何かで読んだ事があるのですが
昔、江戸時代にハリスの宿舎を作るのに下田の領事の部屋をそっくりに作ったそうですが・・・
下田で使っていた机の脚が折れ直してあった箇所や、床の傷までそっくりそのまま作ったようです。
日本の大工さんはほんと!徹底していますね。
それにしても見事な洋館ですね。
おまけに中は和風とは(^^;)

2010/06/14 (Mon) 18:27 | 栄ちゃん #2jqmHG1U | URL | 編集

バタ電に乗りましたか?
今この電車を舞台にした中井貴一主演の映画をやってますね。

2010/06/14 (Mon) 23:32 | azusa #/ggmU9FQ | URL | 編集
お返事です

お返事です

小紋さんへ

お城に洋館 ちょっとミスマッチですが 美しい白亜の洋館でした
ペンキがちょっとはがれかけているところもありましたが 大事に保存されていました
島根は なんといええも宍道湖 よかったです

AGIOSさんへ

明治の洋館もどきの建造物としては終わりごろの作品だそうです
この建物は 神戸の異人館とは異なっています
大阪の泉布観と似ていますね

栄ちゃんへ

下田のハリスはお寺にいたのだと思っていましたが 宿舎を立てたのですかね
下田に最初の領事館を開き 後に江戸に総領事館は移りますが そのときのエピソードかもしれないですね
何にしろ当時の大工達はたいしたものですね

azusaさんへ

バタ電 乗りましたよ
宍道湖温泉ー出雲大社間を乗りました
出雲大社には行ったことがあるし 今は社殿の修復中なのですが バタ電に乗るというのも旅の目的のひとつだったので行ってきました
のんびりとして楽しかったですが 乗っていたので走っているバタ電の写真は撮れませんでした 

2010/06/15 (Tue) 03:12 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

こんにちは~

天皇陛下を迎えるために洋風建築、明治後期の文化なんでしょうか。
屋根には瓦なんですね。
内部の公家(?)さんの肖像も何だか不思議な組み合わせ。
隣が神社というのも面白いですね。

2010/06/15 (Tue) 18:40 | とっぷん #zRY05/.E | URL | 編集
とっぷんさんへ

明治の初めは 何もかもが西洋のものがすぐれていると言う認識だったのですね
明治も後期になると国粋主義も台頭してきていたと思いますが 天皇家は洋風だったようですね

お城 神社 洋館 なんともいえない取り合わせですね

2010/06/15 (Tue) 23:08 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

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