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清和源氏のルーツ 多田神社


ちょっと前になりますが 友人たちとオフ会で川西市に行きました
新年会がずれ込んでカニ鍋でしたが 食事前に多田神社によりました

多田神社は阪急川西能勢口駅の北 約1kmのところにあります
第五十六代清和天皇のひ孫贈正一位鎮守府将軍源満仲公をはじめ、頼光、頼信、頼義、義家の五公をお祀りしていることから、源氏発祥の地と言われています。

多田神社1

前を猪名川が流れています
私のところから そんなに遠いというわけでないのですが 今まで行ったことはありませんでした

では この急な石段を上がってお参りしましょう

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続きです

猪名川は水量が多くごうごうと流れています

猪名川 

正面からです 橋のところから写しています
前の道は狭いですが交通量は結構あるので要注意です

石段 正面から

石段の上から 南方面を見下ろしています
川西市は 伊丹の北側 南北に長い市で ここは最南部に近いいわば川西の入り口ですね

石段上から

石段を上がりきったところにある大きな門は 南大門です
多田院のもとの仁王門であり、両脇に仁王像がありましたが
明治4年神仏分離の折、仁王像は満願寺山門に移転され、安置されています

額には 多田大権現と書いてありますよ

権現(ごんげん)は日本の神の神号の一つ。日本の神々は仏教の仏が仮の姿で現れたものであるという本地垂迹思想に基づいた神号である。Wikipediaより引用


多田神社南大門

源氏の紋所 笹リンドウが染め抜かれていますね
笹リンドウは源義経や木曽義仲が使って以来源氏ゆかりの武将達が使うように成りました
始祖である源満仲が使っていたかどうかは ?

このヒラヒラしているカーテンのようなのは まさか 暖簾とは呼ばないですよね
幕と呼ぶのかな

境内を覗いてみると お参りの家族がおられました

石の鳥居

境内には ツバキの木がたくさんあり 風情を添えていました

ツバキ

国指定重要文化財である随神門です
両脇に築地塀が付き、三楝造と呼ばれる伝統的な手法により建てられた八脚門です
豊岩間戸尊、櫛岩間戸尊の二体の随神像が安置されている。
神社では仁王さんではなく 随身さんが門番をしています

随神門<国指定重要文化財>


拝殿が見えます 
神職の方がみえますね
お宮参りのようです

随神門2<国指定重要文化財>


お払いを受けた後の記念撮影をしておられました
可愛いお姫ちゃんでした

拝殿

境内には 落ちツバキ もう少し多量にあれが絵になるんだけれど・・

落ちツバキ

随身門の手前に 水戸黄門お手植えのイチョウが有りました

水戸黄門お手植えのイチョウ


下で車で待っている友から 「そろそろ予約入れてる時間やで」とTELが入りましたので 急いでおりました

この神社のおみくじは 招き猫おみくじです
小さな招き猫が入っています お財布に入れておくといいことがあるそうよ

私の引いたおみくじは 吉 でした

最後に JR川西池田駅前にある 多田満仲(源満仲)の銅像です
満仲は みつなかとよみますが 私などは子供の頃から 「ただのまんじゅう」とよんでいました
まんじゅうは勿論饅頭とかけています 多田は ただ 
「ただのまんじゅう」って変な名前とおもっていました

源満仲騎馬像


源氏とは 源氏は源の姓を持つ氏族であるが、嵯峨天皇が生まれた子らにその姓を与え、皇室と祖を同じくするという名誉の意味をこめて与えた。
嵯峨天皇の後の天皇も度々皇族を源氏として臣籍に下したことから、嵯峨天皇を祖とする源氏を嵯峨源氏と称する様になり、以後源氏はそれぞれの祖と仰ぐ天皇の号をもって氏族の称とした
清和源氏は、二十一流あるといわれる源氏における一家系であるが、武家源氏として歴史上に名を馳せたことにより、清和源氏をして源氏と称することが多い。

この一族は清和天皇の皇子を祖とする。武家源氏として名を馳せた清和源氏においては畿内に始まり各地に土着しており、源満仲の子から摂津源氏、大和源氏、河内源氏とに分かれ、河内国を本拠地とした河内源氏の源義家(八幡太郎義家)はその主流で、その子孫は鎌倉幕府を開いた源頼朝に代表される武門として栄え、さらに河内源氏からは石川源氏、甲斐源氏、常陸源氏、下野源氏(足利氏)、上野源氏(新田氏)などが分派している。摂津国を本拠地とした摂津源氏からは多田源氏、美濃源氏その他が分派しており、いずれも清和源氏一門であり、いわゆる「武家源氏」である。Wikipediaより引用




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カメラ機種名 Canon PowerShot G10
撮影日時 2010/02/28

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Theme: 兵庫県 | Genre: 地域情報
Tag: 神社

コメント

源氏といえば関東、という頭がありますが、
天皇家から始まるのですから起源は関西ですね。

清和源氏とそこから派生した諸家以外は、ほとんど聞いたことがありません。
武家に連なる以外にも源氏がいたというのをはじめて知りました。

2010/03/20 (Sat) 18:02 | AGIOS #HC9guL7U | URL | 編集

こんにちは~
ややご無沙汰となりました。

私も現時=関東のイメージがあるんですが、発祥の地が川西なんですね。

印象的な橋、力強い川の流れ、落ち椿
当時の光景も見てみたいですねぇ

2010/03/20 (Sat) 18:35 | とっぷん #zRY05/.E | URL | 編集

 随分と急な階段ですね。

 登るのが大変そう。


 とはいえ、登った後の景観、結構好きだなぁ。。。。。。(笑)

2010/03/20 (Sat) 23:44 | RKROOM #Qc93B9rM | URL | 編集
お返事です

お返事です

AGIOSさんへ

源氏は臣下に下った皇族が名乗る姓ですので 京都からですね
光源氏も源氏姓ですね 物語ですが・
源頼朝も京育ちで伊豆には流されたのです
私は関東と言うと坂東武者を思いますね

満仲も最初は京都に住んでいたのですが 多田に住まいし開拓して ここに武士団を結成したようですね
多田神社は元は満仲の立てた寺院だったのです

村上源氏とか嵯峨源氏 いろいろとあるようですね

とっぷんさんへ

清和源氏の満仲が武士団を結成したのがここ多田なのです
昔の大阪の「いろはがるたに」の 「た」は

「ただのまんじゅう ぶしのはじまり」だったそうです

私は ずっとただのまんじゅうだと思っていたのも間違いではなかったようです
きっと大阪育ちの親がそういっていたのでしょう

RKROOMさんへ

急な石段でしたよ
でもすぐ前は川だし どうしようも無いですね
建てられたころと川筋が変わったのかしら

このときは曇っていたので見晴らしはあまりよくなかったですが 晴れていたらきれいでしょうね
この後 駅前まで戻った時には日がさしていて 青空バックの銅像になりました

2010/03/21 (Sun) 13:49 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

時間が無くて残念でしたね。
ここは今の時期は、椿がきれいに咲いています。120種、200本もあり、中でも「唐椿(キャプテンロー)」が有名ですね。拝殿の左側に植えられています。
ここの多田院の檀家で、薩摩藩主島津家から贈られたものです。
その他、素晴らしいのが沢山ありますね。
サクラもきれいですが、秋の紅葉の季節もいいですね。

2010/03/22 (Mon) 10:03 | NORI #- | URL | 編集
NORIさんへ

本当は ここを撮影するじかんをとってあったのですが 都合で時間がなくて残念でした
武者行列もあるようですね
また行ってみたいと思っています

2010/03/22 (Mon) 19:36 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

ポチしておきました~~(^^)V

2010/03/23 (Tue) 02:18 | DEKOPE #- | URL | 編集
DEKOPEさんへ

ありがとうございます
うれしいです

2010/03/24 (Wed) 14:54 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

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