FC2ブログ

あなたは 千人針を知っていますか?

8月15日は 月遅れのお盆 そして 第二次世界大戦の終結した日です
終戦記念日です

8月は 戦争と平和について ちょっと考えてみようよ と言う月です

私が 毎月母校での講演会を聞きに行っていますが 毎年8月のテーマは 戦争です

今年は お話くださったのは 服飾デザイナーの森南海子(もりなみこ)さん
戦争の話というのではなく 千人針についてでした

あなたは 千人針をご存知ですか?

千人針とは、戦地での無事を祈って女性1000人が赤糸で1針ずつ縫い、1000個の縫い玉を作った1m余りの細長い布です
死線を越えるといって5銭玉を縫い付けたりしたのです
その女達の思いのこもった布を 男は腹に巻いて戦地にいったのです

森さんは 30数年前から 日本各地からその千人針を集めて回られたのです

8月1日 「針目に込めた女たちの哀しみ」と題して 講演会と千人針60点の展示がおこなわれました

講演する森南海子さん

同窓会主催で会場も校内の同窓会館だったのですが 一般参加OKのオープン講座なので 新聞やラジオで予告をしていただいたこともあり 一般の人の参加が多くありました

では 続きに行く前に いつものお願いです

ブログランキングに参加しています  応援してくださいね
特に 六稜関連の方 ぷっちん よろしく

バナー または こちら FC2ブログランキングを プッチンと クリックしてね

 今日も 応援 ありがとうございます m(__)m 

応援クリックは 一日一回 有効です
毎日クリックしてくださったら もう とびはねて喜びます 


続きです

お話をされた森南海子さんについて すこしご紹介します

森南海子さん 76歳 大阪在住の服飾デザイナー 大阪府立北野高等学校卒
服飾デザイナーとなっていますが オートクチュールやプレタポルテとは対極におられる方です

森南海子さん

現在は リフォームといえば 家の改修工事のことをいいますが 40年ほど前は改装と言ってリフォームなんていわなかったのです
この言葉は 森さんが 50年近く前に最初につかわれたのだそうです

昭和30年代半ば 古い洋服や着物を仕立て直して新しいものにする そういうお仕事を始められた森さんは いろいろかんがえられて リ・フォームとカタカナでその仕事に名前をつけたのです 
仕立て直しというと なんとなく貧乏くさく感じますが リフォームというと 新しいものに感じますね
当時は リフォームデザイナーなどといわれておられ 阪神百貨店に 「森南海子の店」と言うコーナーをもち 本もいろいろと出版されていました

仕事も起動にのり よそ行きではない日常着 野良着に興味を持ち それを探して全国を歩くうちに千人針に出会われたのです
一言で千人針と言っても 日本各地いろいろの形があると知り集め始められるのです
日本全国を訪ね歩いて 北は北海道 南は沖縄 まで 30数年かかって集められ 持ち主からいろいろとそれにまつわるお話を取材されたのです

2005年沖縄新報の記事 沖縄の千人針を探すです

日本各地から集めたものです 形もも大きさもいろいろです

共通しているのは 赤い糸で1000個の結び目 または縫い目があること
1000人の人に結び目を作ってもらうのは並大抵のことではありません
女達は 小さな子供まで借り出して 街角に立ち 縫い目を集めたのです

街頭での千人針

今回1階ロビーで 60点の千人針が 日本列島の形に展示されました
これは 現在は 沖縄の読谷村立民族資料館に寄託されているものを今回取り寄せての展示です

千人針展

端を三角に折って 紐をつけるというのが一般的な形のようですが 端にボタンをつけた紋もありました

千人針2

写真をクリックで もう少し大きくなります

千人針

千個の結び目の位置は 小筆のお尻に朱をつけて あらかじめ押しておいたそうです
結び目を作る地方と返し縫いのものとがありました

1000個の結び玉が トラの形にしたものや絵を描いたものがありました 
これは 昔から トラは千里を行って千里を帰ってくるといわれていたので 無事を祈ってのゲンかつぎなのです
そして 寅年生まれの人は ゲンが良いとされ 結び目を年の数だけつけることが出来 知らない人からも頼まれ大忙しだったそうです

5銭玉は 死線を越える で 10銭は 苦戦を超えるです

これをみても 立派に天皇陛下のために死んでくるのが勤めだなんて思っていなかったのが分かります
こんな晒しの布が弾除けになるというのは 理論的にはありえないことで しらみの巣になっただけやといった人もいます
でも 女子供みんなの思い 祈りの結集したもので守ろうとしたのでしょう

森南海子さんが ラジオでこの講演会のことや千人針について話されたものが 同窓会のHPにアップされています
8分少々の音声です
ここにはアップできませんので よろしければ同窓会HPでお聞きください

こちら です 新聞各紙の報道の中 ABCラジオ「ちょっといい話」です


私は 子供のころに 母のタンスに入っていた千人針を見た記憶があります
1m長さほどの白い木綿のさらしを 3つ折りにしたのでしょうか 細い布に 赤い結び目がいっぱいありました
「これ 何?」と聞いたら「千人針ゆうて 戦争にもっていったもんや」と言う返事だったと思います

父は 昭和16年12月8日開戦の太平洋戦争には行っていないのです
軍需産業に勤めていて 非常に忙しく会社が徴兵猶予願いを出したとか聞いています
応召をうけて行ったのは 13年ごろ 日中戦争だったそうです

戦争に行くことを指令されるのを「召集(しょうしゅう)」といいます
そのことを書いた用紙が赤色だったから 赤紙といわれていました
それに応じていくことが応召です
召は お召しになる つまり天皇陛下が命令しているということなのですね

そのときの写真があるのです
みんなに送られて 国鉄塚本駅に向かっているところだときいています

昭和12年か13年ごろですので 旗やのぼりを立ててにぎやかに 行進していっています
右手のレンガの建物 これは この講演会がおこなわれたところです
旧制中学で 戦後高校になり この校舎は 今はもう立て替えられています

応召風景1

うつむき加減の父です 仕事がすごく忙しくて徹夜つづきだったそうで やせこけています

応召風景2

この後 父は無事かえってきたのです
でないと 私は存在しないですよ

千人針がそのときのものだったのかどうかは知りません
父も母もいまはもういないのです

昭和20年の空襲で この学校も爆撃を受け 校舎の守りについていた生徒2名がなくなっています
そのときの機銃掃射の弾痕の残る壁です
私は 在学中には そんなことは全く知りませんでした 

弾痕の残る壁は 校舎のなくなったいまも メモリアルウオールとして保存されています

メモリアルウオール

千人針は 哀しい針仕事です
本来 糸と針で物を縫うことはとってもワクワクする楽しい仕事です
出来上がりを想像しながら 針を進めていくのです

でも 千人針は 出来上がったときは 悲しい別れです
もう二度と会えなくなるかも知れない別れなのです

悲しみと不安と祈りを縫いこんだ60枚の千人針
もう二度とこんな針仕事を女にさせるような時代はごめんです


毎年 8月には ちょっと重くて 読んでいただくには大変なのですが こういった記事を書かせていただいています

過去のものです 
よろしければごらんください

大阪大空襲 
大空襲のことを話してくださったのは 当時女学生だった方です
今回の千人針にも来られていました
この中に 昭和13年当時の中学生の軍事教練の16mm映像を」収録しています

火垂るの墓の舞台を訪ねて
野坂昭如著「蛍の墓」の舞台である西宮市ニテコ池周辺の紹介記事です



長い文章を 最後まで お読み下さってありがとうございました

渾身の力をこめて 平和への祈りをこめて 書かせていただきました

努力に ランキング応援プッチン お願いね

こちら FC2ブログランキングを プッチンと クリックしてね

花日記「今日の花」は 毎日更新をしています  こちらもよろしければ見てくださいね

過去の記事 一覧は こちらで 見ていただけます お時間のある方は どうぞ


当BLOGで使用している写真 動画の複製 無断使用 お持ち出しは ご遠慮くださいね




カメラ機種名 Canon PowerShot G10
撮影日時 2009/08/01


関連記事
スポンサーサイト



Theme: 残したい想い | Genre: 写真

コメント

千人針

読み応えありました!
写真もいいし。

千人針は私は小学生だったのに、街角で呼び止められては刺したものでした。でもまだお裁縫も未熟な子供、じっと見られてるとあがるし玉がうまく作れなかったり、引いた糸をもつらせたり…。
でもこれが戦地の兵隊さんに届くのだ、と子供心にも想いをこめて刺してました。
もう古い昔のことですが、考え方によっては当時の人民の心は純粋だったと思いますね。今の荒れすさんだ人の心は嘆かわしい。

戦争は二度とあってはなりませんが、戦争体験は私の中で何かの形でプラスになってることだけは間違いありません。
書き出すと止め処ないのでこのへんで。

※南海子さんのTR行きたかったけど、9日の稜声会合唱団の本番前の強化練習があったので行けませんでした。

2009/08/15 (Sat) 16:01 | コッコ #- | URL | 編集

貴重な記事、ありがとうございました。
ただひたすら、涙が流れて止まりません。
まだ、TB不可能なのでしょうか?
持って帰りたい気分です。
どうやれば、繋がるのでしょうね。
念のために、TBしていただけませんか。繋がるとうれしいです。
ヴィスタは、時々勝手にいろいろ変化しますので、できるとうれしいのですが。
テストお願いします。

2009/08/16 (Sun) 09:46 | ひみ子 #- | URL | 編集
TOSSY

コッコさんへ

コメント有難うございます
お見えではなかったですね

コッコさん世代でも千人針経験者なのですね
1000人の人から集めるって ものすごく大変なことだったでしょうね

こういう話題は どうもblog向きではないようで一生懸命に書いたのですが 反応が乏しく 獲得ポイントも普段の日よりもうんとすくなく最低記録
父親まで動員したのに・・

同窓関連にも素通りされてしまっています
コメントを書くにも書き難いのかも知れませんが 時間をかけて書いたのに 哀しいです
だからコッコさんのカキコはうれしいでした

有難うございました

2009/08/16 (Sun) 09:47 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集
ひみ子さんへ

ありがとうございます
ひみこさんにはぜひ読んでいただきたかったのです
ひみ子さんのところにコメを残しながら
大阪におられるのだから お知らせをすればお越しになれたかも知れないと思いました
森さんのお話は とつとつと話されるのですが 胸打たれました

TBですが TBアドレスは送信済みなのです
yahoo同士なら出来るのですが このエントリーを 丸ごと私のyahooblogにコピペは 出来ないのですよ
html方式がFC2とyahooでは異なっていますのでね

全部をyahooに書き直すのは もう出来ませんので 簡単な紹介記事をyahooblogに書いてそれをTBするようにします
その記事からこちらに入っていただけるように・・

2009/08/16 (Sun) 09:58 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

お父上の悲痛な表情は、何度見ても涙が勝手に膨れ上がって溢れてきます。
還ってこられたのだからと、言い聞かせても、涙のブレーキが利かなくなっています。
それと、
五銭=死線を越える。なるほど!
十銭=苦戦を超える
哀しい苦肉の策にも、涙があふれて、涙線は故障。ついに鼻までかみました。

2009/08/16 (Sun) 10:01 | ひみ子 #- | URL | 編集
ひみこさんところから・・

歌人のひみこさんのブログでのご紹介記事からうかがいました。

私の祖父も戦争経験者で祖母は戦時中に亡くなりました。三歳で母親を失ったのが、私の亡き母です。

戦争は忘れてはいけないですね。
しかし、この千人針が多くの戦争に向かう人の心のよりどころになったことは哀しい救いなのでしょうね・・・

2009/08/16 (Sun) 10:31 | 御木ちえ #mQop/nM. | URL | 編集
ひみ子さんへ

改めて紹介記事を書いてくださって 有難うございます

父の写真 ラッパや太鼓まで動員してお祭り騒ぎです
太平洋戦争まきでは こんな光景は見られなかったと重います
見送り人が背広を着ているのも切羽詰った時代ではないと感じられます
この写真はたぶん写真やに写してもらったものだと思います
台紙には張っていませんが キャビネ版でした

この後 戦争が終わるまで 殆ど父の写真はありません
でも姉を写した写真はありますので家にいたのでしょう

2009/08/16 (Sun) 11:26 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集
御木ちえさんへ

ようこそ お越しくださいました

森さんによると 夫々の千人針には夫々のエピソードと言うには重過ぎる背景がありました

千人針を集めてくれる女の身内のいない人もいたでしょう
女学生達は学校でつくり慰問フクロに入れて戦地に送ったようです 

戦争は男だけがするものではなく 背後の女子供老人に多大な苦労をさせるものなのですね

働き手の夫を戦地に持っていかれた妻は どのようにして子供を食べさせていたのか
出征したら 軍から給料のようなものは出たのでしょうか

戦争と言うと戦闘シーンを思い浮かべがちですが 一般市民の生活と言う視点でも見ていくことが大事だと思います

2009/08/16 (Sun) 11:55 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集
戦争!

私が生まれて数年後戦争が始まった。
しばらくはまだ恐ろしさは無かったけど、、、、
神戸の大空襲のころにはB29が轟音と共にたくさん編隊を組み飛来して、焼夷弾や爆弾を落として行くのを見たときは本当に恐ろしかった。
幸いに私の家は焼け残ったのですが、近所の遊び仲間の家は燃えて無くなっており、あそびましょ!と行ったのに会えなかった悲しみは、、、
みんな死んだと後から聞かされた。

この「あそびましょ!」が私のプログのルーツです。

2009/08/16 (Sun) 14:29 | あそびましょ! #- | URL | 編集
TOSSY

とっても悲しい思い出のある 「あそびましょ」 ですね
三宮の空襲 火垂るの墓 ですね

いまも戦火の中で 遊び友達をなくした子供が 世界にはいますね

甲子園で野球のできる平和
守らないといけませんね

2009/08/16 (Sun) 15:11 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集
千人針

TOSSYさん 拝見しました。
PCで文字がすぐとびこれで4回目
違うページに飛ぶのです。

ありがとうございました。

2009/08/16 (Sun) 17:09 | kikuko #EQuk4h4w | URL | 編集
千人針を見て

TOSSYさん貴重は写真ありがとうございます。
ばーばは「国民尋常小学校」昭和16年に入学、5年生で終戦でした。
千人針、家庭科{裁縫と言ってたような}一針づつ縫った記憶があります。
今の平和が何時までも続きますようにと願わずにはいられません。
物資のない時代でした。衣食住すべて大切にしたものです。今の生活水準はあの頃から思うと贅沢そのものです。

2009/08/16 (Sun) 21:16 | HIROちゃんばーちゃん #- | URL | 編集

TOSSYさん、読み応えがありました。
平和を願わずにはいられません。
どうも有難うございました。

2009/08/16 (Sun) 21:21 | zuboratarou #- | URL | 編集
お返事です

kikukoさんへ

PCの不調 これはこのサイトでのみですか 
それとも 他のサイトででもでしょうか
スパムメールのけんといい PCがちょっとお盆休暇をとっているのでしょうか
正常になるといいのですが

何度もお手数をおかけして・・・ ありがとうございました

HIROちゃんへ

国民小学校に入学世代だったのですね
確か尋常小学校が国民学校になったのは 昭和16年からですから第一期生ですね
5年で終戦と言うことは卒業は国民学校ですね
まるまる戦争中の子供だったのですね

以前に暮らしの手帖社から出版された「戦争中の暮らしの記録」と言う本を持っています
いまからなら考えられないような銃後の生活が載っています

まるで王侯貴族の子弟のような生活をしている現代の子供達は 何かつらいことがあったときに耐えることができるのだろうかと心配になります

zuboratarouさんへ

コメント有難うございました
日常に何やかやと不満を言いながら生活をしていますが 親の世代のことを思うと雲泥の差ですね

戦争は終わっても物資の不足はしばらくは続いたのですから みんなよく大きくなったものです

2009/08/16 (Sun) 22:08 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

千人針、覚えております。
ただ、この様に模様になっているものは無くて、糸結びが普通は輪を2回巻きますが(縫い終わった始末)千人針の場合は、3回巻きつけます。
勿論赤糸です。
白のさらし布に結びを千個作りました。

2009/08/18 (Tue) 11:43 | 無名 #- | URL | 編集
無名さんへ

コメント有難うございます

私野家にあったものも そういった単純に結び玉を並べたものだったと思います
こういうものにも流行があったようです

写真の最下段中央のトラの絵は 看板やさんに持ち込んで書いてもらったものだそうです

結び玉は 3回巻きつけたのですか
すこし大きめのこぶを作ったのですね
有難うございました

2009/08/18 (Tue) 11:51 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

当方のコメント欄が24になっていますので、機会があれば、見に来てください。

2009/08/18 (Tue) 14:16 | ひみ子 #- | URL | 編集
ひみ子さんへ

お知らせ 有難うございます
先ほど行って読みました
沢山のコメントありがたいです

本当に有難うございました

2009/08/18 (Tue) 17:06 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

TOSSYさんが 千人針の展示会の写真や、 出征されるときのお父上の写真や 国立博物館にあった方がいいような、貴重な映像や記事があります。 ぜひ ご覧ください。 http://kannnon.blog11.fc2.com/blog-entry-630.html...

2009/08/16 (Sun) 10:22 | ひみ子in♡花の隠れ里♡

今年も巡ってきましたね。終戦記念日 この、日本の平和を守り続けたいです。 戦争はいりません。 もう孫が、おとなに近づいてきました。 大切にたいせつに育んできた、大事な命。 育てるのは並大抵ではありませんでした。 赤紙が来て、急に連れていかれ...

2009/08/16 (Sun) 10:24 | ひみ子in♡花の隠れ里♡

8月は 戦争と平和について ちょっと考えてみようよ と言う月です 私が 毎月母校での講演会を聞きに行っていますが 毎年8月のテーマは 戦争です 今年は お話くださったのは 服飾デザイナーの森南海子(もりなみこ)さん 戦争の話というのではなく 千人針に...

2009/08/18 (Tue) 17:02 | TOSSYの フォットアルバム