2009.07/09 [Thu]
西宮市 海清寺
今回は 私の住んでいる西宮市の海清寺のご紹介です
海清寺は 西宮市役所のすぐ向かいにある禅寺です
南北朝のころ 1394年 創建された古刹です

海清寺の三門 享保2年(1717)年造立です
市役所周辺の地名は 六湛寺町
六湛寺って どのお寺? 探しましたが 見当たりません
では 続きに行く前に いつものお願いです
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続きです
ちょっと歴史のお話です
嫌な人は飛ばしてね
六湛寺は かつては5つの塔頭を持つ大寺で海清寺(かいせいじ)とともに臨済(りんざい)宗の寺町として有名でしたが、明治3年(約130年前)に廃寺となりました。しかし、その勢力の大きさから地名は残ったのです。
鎌倉時代 武士から熱い信仰を受けたのが禅宗でした
鎌倉時代の終わりごろ 禅寺六湛寺が 創建されました 5つもの塔頭を持つ大寺でした
戦国時代 荒木村重の織田信長への氾濫によって 焼き滅ぼされました
幕末には この地に長州藩が陣を築いたといわれています
今も残っている塔頭は 茂松禅寺のみです
もうひとつの大寺は海清寺(かいせいじ)で、今も楠に囲まれ、立派な伽藍(がらん)を誇っています
この寺の創建は1394年。臨済宗妙心寺派の高僧、無因宗因(むいんそういん)が開きました。
この人はあの一休さんの先輩になります。
海清寺の門です これは新しい門ですね

扉に書いてある文字 読めましたか
’わたしのなかにもうひとり すてきなわたしがおるね’
良い言葉ですね
自分でも気が付いていないすてきな’わたし’ みんな持っているのですね
わたしの中にも すてきなわたし が いるのね
ひさしの上にも 何か書いてあります 読めない
向こうに三門が見えますね

三門には こんな言葉が書いてありました
’仏の心 わたしの心’
妙心寺元管長春見文勝老大師の揮毫です

鐘楼です
これは春に写した写真です 黄色いサンシュユの花が咲いていました
昔 西宮八景のひとつに海清寺の晩鐘が 入っていたということです

今も晩鐘はついているのでしょうか
除夜の鐘は 付きに行く人が多いです
なんでも お蕎麦が振舞われるとか・・
鐘楼越しに北を見ています

海清寺に南天棒さんという偉いお坊様がおられたのだそうです
いつも1mほどの南天の棒をもって ビシビシと鍛えたのだそうです
それでも 教えをこう人は絶えなかったという有名なお坊様だそうです
中原 南天棒(なかはら なんてんぼう)
天保10年~大正14年(1839~1935)
乃木将軍も 南天棒さまに会って座禅をし教えこうたと言うことです
南天棒様をお祭りしたところでしょう

海清寺は 全国から雲水が修行に来るお寺です
そして一般の人も座禅をすることの出来る専門道場があります
私は ・・・・・遠慮しておきます
蘇鉄が植えてありました 古いです
いつごろ植えられたのかしら

海清寺 塀と表門 白い花は コブシです 3月の撮影です

帰りしなに横の道を歩いていますと こんな文字が目に飛び込んできました

’いきとしいけるもの みな 愛せよ’
優しい文字で 人に優しい言葉の書いてあるお寺でした
海清寺は 赤門以外の建物は新しいものです
阪神大震災で 庫裏と開山堂を失いました
三門は補修をした後だったので 倒壊は免れました
境内のあちこちに 古い石仏がありました

広い道を挟んで 向かいは市役所 すぐ隣は 六湛寺公園 すこし歩けば 阪神西ノ宮駅
でも 境内はとっても静かです
普段は 人の姿も余り見かけないです
でも 葬儀会館がありますので お葬式のある日は 大勢の人です
海清寺といえば なんと言っても大クスノキです
兵庫県指定天然記念物です 次回ご紹介します
海清寺
住所 〒662-0918 兵庫県西宮市六湛寺町7-25
アクセス ■阪神本線『西宮』駅 徒歩5分
■JR神戸線『西宮』駅 徒歩8分
地図です
より大きな地図で 西宮市 海清寺 を表示
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鎌倉時代 武士から熱い信仰を受けたのが禅宗でした
鎌倉時代の終わりごろ 禅寺六湛寺が 創建されました 5つもの塔頭を持つ大寺でした
戦国時代 荒木村重の織田信長への氾濫によって 焼き滅ぼされました
幕末には この地に長州藩が陣を築いたといわれています
今も残っている塔頭は 茂松禅寺のみです
もうひとつの大寺は海清寺(かいせいじ)で、今も楠に囲まれ、立派な伽藍(がらん)を誇っています
この寺の創建は1394年。臨済宗妙心寺派の高僧、無因宗因(むいんそういん)が開きました。
この人はあの一休さんの先輩になります。
海清寺の門です これは新しい門ですね

扉に書いてある文字 読めましたか
’わたしのなかにもうひとり すてきなわたしがおるね’
良い言葉ですね
自分でも気が付いていないすてきな’わたし’ みんな持っているのですね
わたしの中にも すてきなわたし が いるのね
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三門には こんな言葉が書いてありました
’仏の心 わたしの心’
妙心寺元管長春見文勝老大師の揮毫です

鐘楼です
これは春に写した写真です 黄色いサンシュユの花が咲いていました
昔 西宮八景のひとつに海清寺の晩鐘が 入っていたということです

今も晩鐘はついているのでしょうか
除夜の鐘は 付きに行く人が多いです
なんでも お蕎麦が振舞われるとか・・
鐘楼越しに北を見ています

海清寺に南天棒さんという偉いお坊様がおられたのだそうです
いつも1mほどの南天の棒をもって ビシビシと鍛えたのだそうです
それでも 教えをこう人は絶えなかったという有名なお坊様だそうです
中原 南天棒(なかはら なんてんぼう)
天保10年~大正14年(1839~1935)
乃木将軍も 南天棒さまに会って座禅をし教えこうたと言うことです
南天棒様をお祭りしたところでしょう

海清寺は 全国から雲水が修行に来るお寺です
そして一般の人も座禅をすることの出来る専門道場があります
私は ・・・・・遠慮しておきます
蘇鉄が植えてありました 古いです
いつごろ植えられたのかしら

海清寺 塀と表門 白い花は コブシです 3月の撮影です

帰りしなに横の道を歩いていますと こんな文字が目に飛び込んできました

’いきとしいけるもの みな 愛せよ’
優しい文字で 人に優しい言葉の書いてあるお寺でした
海清寺は 赤門以外の建物は新しいものです
阪神大震災で 庫裏と開山堂を失いました
三門は補修をした後だったので 倒壊は免れました
境内のあちこちに 古い石仏がありました

広い道を挟んで 向かいは市役所 すぐ隣は 六湛寺公園 すこし歩けば 阪神西ノ宮駅
でも 境内はとっても静かです
普段は 人の姿も余り見かけないです
でも 葬儀会館がありますので お葬式のある日は 大勢の人です
海清寺といえば なんと言っても大クスノキです
兵庫県指定天然記念物です 次回ご紹介します
海清寺
住所 〒662-0918 兵庫県西宮市六湛寺町7-25
アクセス ■阪神本線『西宮』駅 徒歩5分
■JR神戸線『西宮』駅 徒歩8分
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夜プチ終了後に
はい おる おる。。。
確かにいますよ 私の中に!
趣のあるお寺ですね
とてもご紹介されていて 感心しました。。
さすがですね。。。。