和風庭園もつつじ満開 神戸相楽園

ツツジの見事な神戸相楽園の続きです

相楽園には 池泉回遊式の和風庭園があります
平戸ツツジの大刈り込みが いくつもあり 緑と赤 白 ピンクの取り合わせがとってもきれいです
明治18年頃から築造に着手され、明治末期に完成したものです

相楽園の日本庭園1

これは 元母屋のあったところから写しています
母屋の客間から こういう景色が見えたのです 昔は海まで見えたのだそうです

池の向こう左手に見えているのは 茶室です 
右手に少し見えているのが船屋形 これは小寺家とは関係がありません
姫路の殿様の川遊び用の船の屋形部分です

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続きです

ここで 相楽園の園内図です

相楽園園内map

左上の相楽園会館のあったところに小寺家の母屋はありました
そこの客間からの眺めが 最高になるように作られています
相楽園会館は 現在は神戸市の迎賓館 会議室として使われています
イベントが開かれていることもありますよ

茶室「浣心亭」です

茶室浣心亭

国指定重要文化財の船屋形です
江戸時代(約300年前と推測) 姫路藩主の川遊び用の御座船の屋形部分です
川御座船として現存する国内唯一のものです
残念ながら 内部公開はしていません

船屋形

池はもとは農業用のため池だったものを一部埋め立ててひょうたん型にしてあります
石の八橋が係り大きないし組みがあり 流れも5箇所あり 高低差を利用したすばらしい庭園です

では ゆっくりとそぞろ歩きをお楽しみくださいね
下にスライドショーを貼り付けていますが アルバムを開いて スライドショーでごらんいただくと縦位置の写真が 大きく見やすくなります

相楽園のお庭


スライドショーです
各写真に説明もつけてます



いかがでしたでしょうか

ここで 小寺家について 少し説明しておきます
読むのが嫌な人は飛ばしてね

こういうお庭を見ると 昔のお金持ちって 桁違いですね
この庭園を造った 小寺泰次郎は 1836年(天保七年) 下級武士の子として三田藩足軽町で生まれています
泰次郎は藩主九鬼隆義からその才を買われ、抜擢され 執政の白州退蔵(白州次郎の祖父)の補佐として力を振るいます
廃藩置県後 藩主九鬼家は 神戸への進出を図ります
九鬼家は 織田信長・豊臣秀吉のお抱え水軍として活躍し、3万5000石の禄を得た「海賊大名」だったのですが 関が原で西軍に組みし 負けるのです
そして 海のない三田に閉じ込められました

海のない国から海の近くに行くというのは 九鬼家にとっては悲願だったのですね 
開港と同時に 三田藩か神戸に進出してきます

独立して不動産・金融業を営んでいた小寺泰次郎も 神戸の土地を買い捲ったのです
開港した抗弁発展を見越しての投資だったのです
当時神戸港のあるいったいは寒村でした
神戸の中心は 平清盛の開いた兵庫港の辺りだったのです

安い値段で買占め巨万の富を得ていくわけです
三宮 元町いったいは 彼の所有地になっていました

後に県会議員になり 神戸市の街づくりに手腕を発揮して」道路拡張などを手がけ今の神戸のもとをつくったのです そして長男 謙吉は神戸市長になったのです
厩舎は 小寺謙吉の建てたものです

また 小寺謙吉は 三田学園の創始者です
三田学園は英国のイートン校に範を採り、設立当初は全寮制の男子校として 現在も三田にあります
俳優の 渡哲也 渡瀬恒彦兄弟も 三田学園出身です
淡路島出身の彼らは寮生活だったのでしょうね

小寺泰次郎 謙吉については HP「九鬼奔流」 を参照させていただきました 有難うございました



三田藩と神戸のかかわりについては 昨年 神戸女学院で作家山岡かおるさんの講演で聞いたことが 頭に残っていました 

三田の九鬼家家老屋敷なども一度は行ってみたいと思っています

では 最後に相楽園へのアクセスです

相楽園のご案内
■所在地 神戸市中央区中山手通5-3-1  地図
■開園時間 午前9時~午後5時まで(入園は午後4時30分まで)
■休園日 毎週木曜日(祝日の場合は開園、翌日休園) 12月29日~1月3日
■入園料 大人(15歳以上)・・・・300円
兵庫県内に居住し65歳以上の方で公的機関が発行する証明書をお持ちの方は無料です。
※公的機関が発行する証明書とは老人手帳、運転免許証、パスポート、健康保険証などです。
小人(小・中学生)・・・・150円


最後まで見てくださって 有難う

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カメラ機種名 Canon PowerShot G10
撮影日時 2009/05/01

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Theme: 日本庭園 | Genre: 写真

コメント

こういうゴージャスな庭園を所有していたお宅があるのですね。
名古屋だと徳川園という、尾張徳川家の邸宅があります。
まだ行ってないので、そのうち行こうと思っています。

2009/05/11 (Mon) 11:04 | AGIOS #HC9guL7U | URL | 編集
AGIOSさんへ

大阪神戸は天領だったので大名屋敷はなかったので 江戸期のお庭は ないですね
明治期の財閥のお庭が残っています

尾張徳川は ちょっと変わった殿様がいましたね
最後は座敷楼に閉じ込められた殿様 だれだったかなぁ
徳川宗春でした

2009/05/11 (Mon) 22:20 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

TOSSYさん こんばんは。

久し振りの訪問です。
神戸は先日大きなアクシデント! その後はあれよあれよと言う間の大騒ぎ!!。
神戸まつりの中止は本当に残念でしたね。
早くv-16が終息してくれることを心から願います。

相楽園の見事な庭園と 小寺謙吉さんのお話を読んで偶然ですが・・・。
わたくし先日三田に行って来ました。
「あいたい兵庫 デスティネーションキャンペーン」白州次郎のルーツを訪ねて・・・?だったかしら?。(その日の資料が行方不明。。。)

ボランティアガイドさんの案内で九鬼家旧住宅資料館や心月院の墓所 白州次郎 正子さんの墓石の由来などなど・・・とても良い勉強をさせて頂きました。
その時にガイドさんからこの相楽園のお話も出て「元神戸市長の小寺謙吉の住まいでした。一度是非尋ねて見て下さい」とおっしゃっていました。

TOSSYさんも是非三田の町をゆっくりと歩いて来て下さい。
三好達治が幼い頃に預けられていたお寺なども有りゆったりとした良い町でした。
 

2009/05/21 (Thu) 20:51 | わぁわ #- | URL | 編集
三田

わぁわさん こんばんは

毎日毎日 朝から晩まで印府売る関連のニュース いい加減うんざりです

三田にいかれましたか
三田の殿様が九鬼家だったというのも知ったのはそんなに 古くはナインのです
どうして水軍の九鬼家が と思いましたね
電車ですぐですから ぜひ三田に行ってみようと思います

2009/05/21 (Thu) 22:36 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

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