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旧古河邸庭園 雨の中のバラ


東京の旅 2日目は 雨でした
雨の中 丸の内鍛冶橋駐車場から 洋館をめぐるバスツアー 出発です

御茶ノ水駅まえ 雨 本降りです 

雨の東京

先ず 一番最初は 旧古河庭園
ちょうどバラ祭りのシーズンでした

古河邸は 庭園見学だけで 邸宅屋内は 時間的にむりで 見学はなしでした

では 続きで ご覧くださいね

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続きです

旧古河庭園

旧古河庭園(きゅうふるかわていえん)は 東京都北区にある都立庭園で 1919年(大正8年)に古河虎之助男爵の邸宅として現在の形(洋館、西洋庭園、日本庭園)に整えられた。現在は国有財産であり、東京都が借り受けて一般公開しています
面積は30,780.86m² 

邸宅を建設した古河虎之助男爵は古河財閥の3代目で 財閥創設者は 古河市兵衛氏
元々この地は 政治家・陸奥宗光が購入し別宅としていたが 次男 潤吉が 古河市兵衛の養子となり2代目となったので 古河家に所有が写ったそうです

古河市兵衛さんは 京都出身で 幕末から明治初期 いろいろと事業をされたようですが 有名なのが 足尾銅山 この鉱山の成功で財閥になっていくのですが 日本の公害の第一号ともいえる鉱毒事件が起こるのです

歴史のお勉強はこれぐらいにして お庭から 邸宅を見ましょう

写真の奥に見えているのが 玄関です

古河庭園アプローチ

違う角度からの写真です

正面車寄せ

重厚な建物です
本館建物と西洋庭園は 大正6年にイギリス出身の建築家 ジョサイア・コンドルにより設計 管理されました
コンドルは あの 鹿鳴館を立てた有名な建築家で ほかには 旧岩崎邸洋館 ニコライ堂などを建てています

建物は 延べ414坪 地上2階・地下1階 外観はスコティッシュ・バロニアル様式

玄関です
アーチ形のステンドグラスの中心は 古河家の紋章でしょうかしら

旧古川邸玄関

庭園は 入場料150円で自由散策できますが 邸宅内部は 予約が必要なようです 
余裕があれば当日受付もしているようですが 私たちは時間がありませんのでお庭だけです

内部見学案内

扉が 開きました
内部がちょっとですが見えました

玄関

東面です

古河邸 側面

右端に見えている八角形のお部屋は サンルームです

古河邸

ぐるっと回っていくと建物南面 開口部にバルコニーが設けられ 石段を下りたところにはバラ庭園が広がっています

古河邸

今年の10月は 月の半分以上が雨で 薔薇は花びらも葉も傷んでいました

ピンクのこのバラは ダイアナ・プリンセス・オブ・ウエールズ

ダイアナ・プリンセス・オブ・ ウエールズ

西洋庭園は 建物と同じくジョサイア・コンドル設計で、左右対称の幾何学模様の刈込のフランス整形式庭園と、石の欄干や石段・水盤など、立体的なイタリア露壇式庭園の技法を合わせバラと洋館と調和した絵画的な景観美となっています

突き当りのうっそうとした茂みのところは日本庭園です

薔薇の庭園

左側の一階は ダイニングルーム
光が燦燦とふり注いできて バラの香りが 漂ってくるようなお部屋ですね
3階にもバルコニーがあります

古河邸

この多角形の部屋は 玄関のすぐ左手のお部屋です
見取り図がないので 何の部屋かわからないのです
2階にもバルコニーがありますね 外から見ると すべて洋室の邸宅のようですが 2階は 家族の居室で和室もあるそうです
3階は 住み込みで働いている使用人のための小部屋だそうです

G7X_20171019_029.jpg

この土地は緩やかな丘陵になっていて 一番高い位置に主屋 バルコニーから階段降りてバラ庭園 そして その先には日本庭園が広がっています

古河庭園案内図

日本庭園は池を中心においた回遊式で 作庭は京都の庭師 植治こと小川治兵衛(1860~1933)です
2006年に「旧古河氏庭園」として国の名勝に指定されました

雨が強くて足元が悪い中 滑らないように慎重に歩きました

古河邸日本庭園

巨大な平たい石を2枚 ずらしておいて橋にしてありました

この池は 心字池(しんじいけ) 草書体の心をかたどってつくらているそうなのですが どう見たら心に見えるのかなぁ

古河邸日本庭園 石橋

雪見灯篭です
秋には紅葉が色づき 冬には積雪 いいですね 

古河庭園 雪見灯篭 紅葉

石を組んで瀧になってます

古河庭園 瀧

都会の真ん中なのに深山幽谷の趣がありました いいお庭です

太平洋戦争末期には  陸軍の将校宿舎として接収され 終戦後は 1952年(昭和27年)まで連合軍に接収されています

古河家は占領軍の財閥解体に伴い財閥家族に指定され また公職追放になり会社経営に参加できなくなります
1947年、西ヶ原邸は財産税等の物納され国有財産となります

昭和27年に連合軍の接収は解除され 大蔵省の直轄となります
東京都や地元北区から 公園にしてほしいと強い要望があり 1955年(昭和30年) 大倉省は東京都に貸し付けることに決め 都は整備に1年かけ 翌1956年 「旧古河庭園」 都市公園として 開園しました 都に貸し付けられたのは庭園部分だけで 建物は そのまま 放置状態だったそうです
30年間 そのままの状態で ツタが絡まりお化け屋敷のようになっていたのを 1982年~1989年7年かけて修復工事が行われました
現在 庭は東京都の管理する公園ですが 邸宅は 大谷美術館が管理運営しています

大谷美術館は鉄鋼業・ホテル(ホテルニューオータニ)の経営で知られる大谷米太郎(1881~1968)が晩年に計画し、実現を見ずして世を去った事業です
我が西宮市には 大谷氏の実弟大谷竹次郎氏から寄贈されたフランスおよび日本の近代絵画を中心とするコレクションと邸宅を展示室として開館した西宮市大谷記念美術館があります 今 邸宅は改修され 近代的な美術館になっています

雨が降っていたのが残念でした お天気が良ければ もっと ちゃんと見たり写したりできたのですが この日は10月なのに最高気温が12度の予報の出た寒い日でした

この後 旧赤坂離宮 迎賓館へと参ります

旧古河邸に関する説明は Wikipedia  都の公園HP を参照させていただきました

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花日記「今日の花」 こちらもよろしければ見てくださいね

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カメラ機種名 Canon PowerShot G7X MarkⅡ
撮影日時   2017/10/19




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Theme: 東京 | Genre: 旅行

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