坊ちゃんも入った 道後温泉本館


萬翠荘を後にして この日の宿泊地道後温泉へと向かいます
坊ちゃん列車か路面電車に乗っていく予定だったのですが 朝早くから 行動していましたので 疲れました
早くお風呂に入りたいので タクシーでホテルに向かいました

ホテルにチェックインして 休む間もなく 道後温泉本館へと向かいました
木造三層楼の本館は 明治27年に建てられ 平成6年に温泉施設として日本初の重要文化財に指定されました
あのジプリの「千と千尋の神隠し」のモデルとなった建物の一つです

泊まっているホテル椿館から歩くこと数分で本館につきました

道後温泉本館

神社のような立派な唐破風屋根が三つもあります
な~~んで?  そのわけは 続きでどうぞ

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続きです

道後温泉は 日本三古湯の一つと言われている歴史のある古い温泉です
ちなみに 日本三古湯とは 日本書紀、風土記などに登場することに基づいた三古湯
道後温泉(愛媛県)、有馬温泉(兵庫県)、白浜温泉(和歌山県)の3つです

ここからちょっと説明長くなります 
歴史に興味ない人は 次の画像まで 飛ばしてください

道後という地名ですが 古いのです
中大兄皇子の大化の改新虫五匹(六四五年)のあと 現在の今治市付近の国府が置かれました
国を三つに分け 国府(こう)の置かれたところを道中 より京に近い部分を道前 遠い部分を道後といったらしいです

前中後とつくのは 備前 備中 備後 や 越前 越中 越後 熊本は肥後 など いろいろあります 
もともとは広域一般名詞だったのが温泉の出るあたりを指す地名になっていったようです

松山城が築かれ開けていったのは 関が原以降 江戸時代です
道後温泉のあたりは それよりも歴史の古い場所なのです

江戸時代から 温泉場はあったのですが 明治になって 建物は老朽化し 荒廃していったのです
やってくるのは お遍路や貧しい湯治客ばかり 裕福な人は来なくなっていました
そこで道後湯の町の初代町長である伊佐庭 如矢(いさにわ ゆきや、1828年9月12日(文政11年8月4日) - 1907年(明治40年)9月4日) が 老朽化していた道後温泉の改築・観光地としての発展させたのです
町長に就任して自らの給料は無給とし それを温泉の改築費用に充てることとしたのです

そして日本全国を回って どういう建物が良いか 考え 鹿鳴館のような洋館風にしようと思いついたといわれています
そういわれれば 周囲にバルコニーのめぐらした洋館の面影ありますね

総工費総工費は13万5千円。 当時の小学校教員の給料は月額八円 坊ちゃん風に言えば 13万たぁ べらぼうな金額だぁ
住民たった1500人の町で、なんと現在の金額にして27億円をかけて道後温泉本館を改築
当然贅沢だと反対運動がおこります

伊佐庭は 、『この道後温泉が100年たっても真似の出来ない物を造ってこそ意味がある。人が集まれば町が潤い、百姓や職人の暮らしも良くなる』と、誠心誠意を持って町民を説得したのです

そして寄付を募り 寄付をした人に「永代終身優待券」を渡したのです 長男夫婦に相続され これは現在も使用された居るそうです ブラタモリより・・

棟梁に城大工の坂本又八郎を起用し、唐破風を使用して建てた 豪壮な木造三階建ては瞬く間に評判になりました

このときはまだ塔屋 振鷺閣はありません
この屋上塔を反対を押し切って取り付け 四方に赤いギャマン(ガラス)をはめ ぎやまんの上に鷺の彫刻を北向きになるように配置し、観光客の目印になるようにしました

温泉本館 振鷺閣

また、ぎやまんの内部には太鼓を配置し、火の見櫓の部屋(振鷺閣)となっているのです
今も一日三回太鼓をうちたたいて時を知らせています

神の湯本館は、明治27年(1894年)の竣工
外観は純和風の総3階建てとし、その入母屋造りいりもやづくり大屋根の上に振鷺閣しんろかくと呼ぶ宝形袴腰の塔屋を載せる。 その背(南)面には突出して平家建ての浴室が設けられる。当初は藩政時代の一・二・三の湯の名残を踏襲して北入口の3区画とし、それぞれの出入口の庇屋根には軒唐破風を架け、2・3階外周の回り縁には勾欄を巡らせ、その腰には温泉の湧き出る様を彫った腰板を配している。

道後温泉本館北面 3つの唐破風玄関

この3つの玄関は江戸時代からの入り口を踏襲しているのです
むかって左から「一の湯」、「二の湯」、「三の湯」と呼ばれる浴室に続いていました。

江戸時代 「一の門」は武士と僧侶専用の入り口、「二の門」は武士の妻と子供の入り口、「三の門」は一般の庶民の入り口だった。
明治のころは 上等と男 女 だったのかな
夏目漱石はこの入口から8銭払って上等に入っていたのです

1924(大正13)年に西入口が正面玄関になった

道後温泉本館 旧入口

建物の周囲の垣には 白鷺が並んでいます

白鷺

屋根の上にも白鷺がいましたね
ここ道後温泉には 白鷺伝説があるのです
まぁどこの温泉地にもある伝説とも言えますが

足に傷を負い苦しんでいた一羽の白鷺が岩間から噴出する温泉を見つけ、毎日飛んできてその中に足を浸していたところ、傷は完全に癒えてしまい、元気に飛び去ったというものです

それを見た村人たちが試しに入ってみると具合がよろしくて 利用されるようになったというのです

建物に沿って角を曲がると 入口に出ます

人力車が並んでいました

本館前人力車

ここが温泉入口です

本館入口

道後温泉と書いてあります
これ意外と新しいものなのです

映画のロケに使われたとき 建物だけ見たら何かわからないから温泉と分かるようにとかけたのだそうです
1950年 「てんわやんわ」という映画だそうです
明治のものなら 横書きは右から書いていますが これは左から書いてあるし誰もが読めるわかりやすい文字です
最初のはベニヤ板素材で作った大道具でしたのでそのまま使っていたが痛みが早くて  これは昭和61年に作られた2代目だそうです

入口右はチケット売り場 料金表がかかっています

温泉料金表

一階の神の湯に入るだけなら 公衆浴場なみの 410円 です 
貸浴衣 お茶 せんべいが付いて 風呂上がりに2階席で休憩ができるコースは  840円
神の湯 霊の湯にも入って 貸タオル 貸浴衣 お茶 坊ちゃん団子付き 2階席は 1250円
霊の湯 三階個室 貸タオル 貸浴衣 お茶 坊ちゃん団子付き 1550円

では 中に入ります
中から  外を見ますとこんな風景 みんな写真写していますね

玄関から外を見る

中に入ったら番台ではなく改札口がありました 切符 拝見しま~~す 

改札

靴を下足箱に入れて 廊下を2階神の湯休憩室へと向かいます
私たちは 貸浴衣 お茶 せんべい付きの840円のコースにしました

神の湯へ

2階の大きな部屋でお茶をいただいて下の通りを眺めたかったのです

では 今日はここまで 2階は 次回にご案内します

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カメラ機種名 Canon PowerShot G7X MarkⅡ
撮影日時   2016/05/11


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