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ステンドグラスが素敵な萬翠荘 その2


松山のロマンティックな洋館 萬翠荘 その2です

この邸宅 萬翠荘は、大正11年(1922年)旧松山藩主の子孫にあたる久松 定謨(ひさまつ さだこと)伯爵が、別邸として建設したものです。
総面積887.58m²(268坪)の地下1階、地上3階、愛媛県で最も古い鉄筋コンクリート造りです

陸軍駐在武官としてフランス生活が長かった伯爵の好んだ純フランス風の建物は 当時松山での最高の社交の場として皇族方も松山に来られた折には必ず立ち寄られたとのことです

先ず 入ったとたんに目を引くのはなんといっても この階段とステンドグラスでしょう
手すりは 継ぎ目の無い南洋チーク材の一本木でつくられており つやつやとなめらかです

ステンドグラスと正面階段

踊り場壁面のステンドグラスは、それぞれのガラスの色彩は単一ではなくグラデーションになっています
西欧式ステンドグラスは単色であるのに対して アメリカ式ステンドグラスは グラディエーションになっているのだそうですよ

描かれている波と帆船は、久松定謨が明治20年(1887年)10月にフランス・サンシール陸軍士官学校に入校するため、あるいは明治35年(1902年)8月のフランス公使館附武官就任の際に渡った海原を思い起こさせるものとなっています

平成22年度文化財調査の結果、旧島津邸、大阪中央公会堂などのステンドグラスを手掛けた木内真太郎氏の作品であることが判明したそうです

萬翠荘 ステンドグラス


2階にも ステンドグラスがたくさんありそうですよ

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続きです
ステンドグラスを見ながら踊場へ 踊り場からは階段は左右に分かれています

2Fへの階段

階下を見てみましょう

晩餐室入り口ドア上のステンドグラス フルーツバスケットのようですね

階段から階下を見る

では2Fの間取りです

萬翠荘2F間取り図

萬翠荘は戦後アメリカ軍に接収され 将校用宿舎として使われていたそうです
ペンキ塗られなくてよかったあぁ

ここまで美しい建物なら いかにペンキを塗るのがすきなアメリカ人もペンキを塗るのは 控えたのでしょうね

階段を上がりきったところのお部屋 第五展示室は 貴賓室
萬翠荘が落成したのは 大正11年 
完成直後の11月22日から24日まで、皇太子摂政宮(昭和天皇)が滞在しされて このお部屋に泊まられたとか
壁には 皇太子時代の昭和天皇の肖像画と伯爵の肖像画が飾ってありました
昭和天皇の肖像画は撮影禁止になっていました
天井のシャンデリアを写そうと バシャっと写したら少し写っていました

貴賓室

ベルギー製の大鏡とマントルピースがありました

各部屋のマントルピースはガス暖房として松山で恥寝て取り付けられたものです
部屋ごとに異なる味わいの彫刻が施されています
海外から輸入された大理石がマントルピースを飾っています

ここは 伯爵のお部屋です
このいかめしいおひげの持ち主が 久松 定謨(ひさまつ さだこと)伯爵です
この部屋にも 大鏡とマントルピースがあります

伯爵のお部屋
ボタン

お部屋にこんなボタンがありました
「仕丁 侍女 事務」と書いてあります
呼び出しベルのボタンなのですね
 このボタンを押すと電気の信号が流れ、
受信装置のある部屋のベルが鳴る仕組みになっているそうです
 仕丁とは 昔の官庁や貴族の家の雑役夫
お雛様の下の段で箒など持っている3人組の男子が 仕丁です

下は 伯爵の部屋のバルコニーから 目にしみいるような緑です
伯爵の部屋のバルコニー

伯爵の部屋の反対側の突き当りの小部屋は 休憩室になっています
このお部屋で 裕仁親王(後の昭和天皇)が朝食を取られたのだそうです
椅子が置いてありましてごゆっくりどうぞと書いてありましたよ

休憩室 

2階では 絵画の展示をしていました

展示室

どの部屋かわからないのですが ちょっといい雰囲気のお部屋

カーテンを引いた部屋

ほかにも俳句の部屋 松山の歴史の部屋などがありました

萬翠荘の模型も展示してありました
こうしてみると本当に繊細な美しさにあふれた素晴らしい邸宅ですね

萬翠荘模型

この素敵な建物を設計したのは 当時新進気鋭の建築家だった木子七郎 
木子は 代々宮大工の家系に生まれ 東京帝国大学建築科を卒業
日本の主要な建築物を多く手掛けています
フランス好きの伯爵にこたえようと 西欧の建築をつぶさに学ぼうと数ヶ月間ヨーロッパを遍歴してきたそうです

木子七郎解説

旅行前にちょっと調べて 萬翠荘があるのは知ったのですが 設計家までは知りませんでした

木子七郎は なじみのある建築家なのです
画像の下 主な建築物の上段右 松山大学温山記念館 ここは以前にこのblogで取り上げています

温山記念館は 旧新田邸 松山出身の実業家長次郎の別邸でした
娘婿の建築家・木子七郎氏に設計を依頼した広大な庭園内に佇むスペイン風洋館です

松山についてリムジンバスで市内に入ったとき 豪壮な建物の前を通ったのです
これは何だと思ったら県庁でした 愛媛県の県庁は 大阪府庁より立派でした
これも木子七郎の設計でした
京都の日仏学院もそうなのですね 一度行ってみようかな
最後に温山記念館のblog記事にリンク張っておきますので見てくださいね

一階の謁見の間に絵画があるということで 降りてきました
薔薇展開催中なので思ったように写せません
Wikipediaにありましたのでお借りしました

萬翠荘 謁見の間 壁画

このお屋敷の壁などのレリーフ素晴らしいです

謁見の間 絵画とマントルピース

お庭でも バラの苗木の販売をしていました

萬翠荘


植え込みの中につがいの鶴が・・・ 砥部焼のツルでした

砥部焼とは 愛媛県砥部町を中心に作られる陶磁器 分厚くて丈夫なうどん鉢は最高です
私は  うどん鉢とちょっと小ぶりな多様鉢 持っています

話がそれました もともとは亀さんもいたそうですが 戦争やらいろいろあって行方不明だそうです

砥部焼のツル

屋根や窓 いろんな角度から写してみました
急勾配の屋根の材質は、天然のスレート(石板)フランスで良く見られる「鱗瓦」です
神戸北野に「うろこの家」と呼ばれている異人館があります
萬翠荘は住んでいるのは日本人なので異人館ではないですね

屋根の頂部や 窓のところの飾りは 銅です 緑青が美しいです

玄関車寄せの四角い柱頂部の凝った彫刻は アカンサス模様です
萬翠荘 外観 屋根 


デジカメ散歩日記「「レトロな邸宅 旧新田邸 温山記念館」はこちら よかったら見てくださいね
スペイン風の素敵な和洋折衷の洋館です

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カメラ機種名 Canon PowerShot G7X MarkⅡ
撮影日時   2016/05/11
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