スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

小野らんらんバスに乗って 国宝浄土寺へ


3月にお雛様を見に行った小野市の国宝浄土寺に 4月10日に行ってきました
あの日に一緒に行った小野出身の友人が 浄土寺は桜がきれいよと言ったのです
普段は バスもあんまりないのですが 日曜日に コミュニティバスでボランティアガイドもついて観光ルートを走ってくれることになったのです

観光ルートのバスは 神鉄小野駅前10時出発です
家から2時間すこしかかります 頑張って早起きをして いってきました

国宝極楽山浄土寺です

国宝浄土寺全景

まるで 桜の中に浮かんでいるようですね
浄土寺は 建物も素晴らしいのですが 中の仏様も もう 素晴らしいのです

続きに行く前に いつものお願いです

ブログランキングに参加しています  応援してくださいね

バナー または こちら FC2ブログランキングを プッチンと クリックしてね

 今日も 応援 ありがとうございます m(__)m 

応援クリックは 一日一回 有効です
毎日クリックしてくださったら もう とびはねて喜びます うれしい!



続きです

駅から15分ほどで 浄土寺につきました
小野の町は 桜が満開 浄土寺も桜につつかれていました

国宝の浄土堂(阿弥陀堂)の屋根が見えています

国宝浄土寺

ぐるっと回りこんで 石段を登って境内へと入ります

浄土寺参道石段

伽藍配置図ですが ちょっと変わった配置です
これは お雛様を見に行った好古館にあった模型です

浄土寺模型

境内には池を中心にして、西に重源当時の建築である浄土堂(阿弥陀堂)、
東に室町時代の薬師堂(本堂)が建つ。
この配置は偶然ではなく、東方浄瑠璃世界の教主・薬師如来と西方極楽浄土の教主・阿弥陀如来の居所を意味している。
Wikipediaより引用



お寺の境内ですが 鎮守八幡神社があります 八幡神社は 源義家をまつった神社です
これはあとから作ったものではなく 浄土寺創建の少し後に作られています
平家に焼き討ちにされた東大寺を再建するための資金集めのために建てられた浄土寺です
平家に対する源氏の総領をまつったのでしょう

と ボランティアガイドさんが説明をしてくださいました
ガイドさんの背中越しに見えているのは 重源をまつった開山堂です
重源の座像をまつったところなのですが 確か今は京都国立博物館にあるとか・・

ガイド付き

重源は 平安時代末~鎌倉時代の僧で、東大寺大仏・大仏殿の鎌倉復興に尽力し この浄土寺を建てた僧侶です

治承4年(1180年)、平重衡の軍勢による南都焼討で、東大寺、興福寺は壊滅的な打撃を受け、東大寺の大仏殿も焼け落ちた。
この大仏・大仏殿の再興の大勧進(総責任者)となったのが、当時61歳の重源だったのです
重源は大仏最高の拠点として 全国に7か所に東大寺の別所を作りそのうちの一つ播磨別所がここ 浄土寺なのです
この辺りは当時東大寺の所領だったのです

平家により焼失した東大寺を立て直すために 全国から材木 金をあつめたのです
その時に浄土寺も東大寺と同じ形式で建てられました 大仏様(だいぶつよう)という建て方です

阿弥陀三尊をお祭りするために建てられた浄土堂(阿弥陀堂)
1194年(建久5年)上棟、宝形造、本瓦葺、化粧屋根裏、背面蔀戸

堂は方三間〈正面・側面とも1辺に柱が4本立ち、柱間が3つあるという意味) で 1つの柱間が約6メートルもあります

浄土寺国宝浄土堂

中は とっても広々としています
天井板は貼られておらず 貫(ぬき)、梁(はり)などの構造材をそのまま見せたダイナミックな構成になっています

堂内中央に円形の須弥壇が置かれ その上に巨大な阿弥陀様と両脇侍立像が で~んとおられます
堂内は撮影禁止ですので パンフレットからお借りしました

浄土寺阿弥陀三尊

中央の阿弥陀如来は5m30 観音・勢至の両菩薩は 3m70あり 鎌倉時代の名仏師快慶の作です
仏さまははきんとん雲のような雲に乗り東を向いておられます
晴れた日の午後3時ごろ 背後の蔀戸を開けると西日が差しこみ床を照らしその反射光が仏様を照らします
光に包まれて仏様がいま 西方浄土からお迎えに来られたような そんな光景になるんだそうです
ガイドさんの説明では まるで仏様が浮かんでいるように見えたと言った方もおられたとか・・

ぜひそういう時間帯に行ってみたいと思っています

両脇侍は 向かって左が観音菩薩 右が勢至菩薩です
菩薩という方はいまだ修行中の仏様になっていないお方です
京都大原三千院の阿弥陀三尊では 勢至菩薩さまは左でしたが ここでは 右です

勢至菩薩とは阿弥陀三尊の右脇侍で、仏の智門を司り、衆生の菩提心を起こさせる。智慧の光を持って一切を照らし衆生が地獄・餓鬼界へ落ちないように救う菩薩 Wikipediaより引用


三千院の勢至菩薩は 体の前で合掌をしていますが 浄土寺の勢至菩薩は 水瓶を持っています
勢至菩薩は水瓶をつけることが多いので 浄土寺では向かって右の菩薩が水瓶を持っているので勢至菩薩ということになっています

この阿弥陀様たちは 須弥壇に置いてあるのではなく 床下から いえ 地面から 床を貫いて立っておられるのです 
そして3身一体というか 床下で三体は合体してあるのだそうです
ですから地震にはめっぽう強いのです 
立像は倒れて破損することが多いのですが ここの仏様たちは創建当時の姿のまま 立っておられるのです
また 屋根を支える構造体も 地震に強い作りになっているとか・・
ガイドさんに詳しく説明を受けたのですが 記録していなかったので 正確なことは覚えていません

浄土堂の屋根の隅です 複雑な組み方です

浄土寺屋根 

瓦には 南無阿弥陀仏の6文字が浮き出ています

浄土寺屋根瓦 文字

こちら↓は 薬師様をまつった薬師堂 ここが本堂ですが 秘仏ですので 中に入ることも 拝見することはできません

浄土寺本堂(薬師堂)

浄土寺縁起によると 
「建久8年(1197)上棟、本尊には広渡寺の本尊であった丈六の薬師如来坐像と日光月光菩薩、その他近辺9ヶ寺の仏像700余体が安置された」と記されている

本堂解説板

広渡寺都はここから2㎞ほど離れたところにあって 平安末期には荒れ果てていたそうです
今は国史跡公園になっています 後ほど行きます

では 次は 八幡神社です 村の鎮守の神様です
参道の両脇は池です

見えている大きな瓦屋根は 鎌倉時代後期に再建された大きな割拝殿で 国の重要文化財です
本殿はその奥にあります

「浄土寺縁起」には、「本殿を嘉禎元年(1235)、拝殿を延応元年(1239)に完成した」と記されている 小野市HPより引用

鎮守八幡神社拝殿・本殿

拝殿 国重要文化財

八幡宮拝殿

袴腰付きの鐘楼 県指定文化財です

浄土寺鐘楼

この日はあいにくの曇り空で写真がよくないのです

青空と桜が写せれば最高だったのですが まぁ 振られなかっただけでも良しとすべきでしょうね

お寺の隣の農家の桜です
こういうのが日本の原風景ですね

浄土寺そばの桜」

1時間 ガイドさんの説明付きで拝観しまして 次のバスに乗り この後は 広渡廃寺跡歴史公園へと向かいます

バス停にらんらんバスがやってきました 

らんらんバス」

らんらんバスについては  小野市HP コミュニティらんらんバス を参照してくださいね

長い記事を最後までありがとうございました
次回は 弘渡廃寺跡 鴨池 をご案内します

ぜひ見てくださいね


ランキング応援クリック まだの方 良かったらしていってくださいね

こちら FC2ブログランキングを プッチンと クリックしてね

花日記「今日の花」 こちらもよろしければ見てくださいね

過去の記事 一覧は こちらで 見ていただけます お時間のある方は どうぞ


当BLOGで使用している写真 動画の複製 無断使用 お持ち出しは ご遠慮くださいね




カメラ機種名 OLYMPUS XZ-2
撮影日時 2016/04/10
関連記事
スポンサーサイト

コメント

まめにいらっしゃいますね。桜もきれい。国宝のお寺もいいですね。一度いってきたいです。先日国宝のお茶室ー待庵を見せてもらってきました。知多へ寄せてもらった時に如庵を拝見したので後一つ。

2016/04/24 (Sun) 22:07 | えっちゃん #- | URL | 編集
えっちゃんへ

ここはずっと行きたかったのですよ
でも 駅を降りてからバスの便が悪くてタクシーになるということでちょっとためらっていました
たまたま今年 日曜限定で観光用にコミュニティバスを走らせていただけるということで行ってきました
待庵って 戦のさなかに秀吉の求めに応じて利休が作った小さくて質素なお茶室ですよね
私はまだままだそういうのの良さはわからない未熟者です

浄土寺は哲学的なことは何にもいらない 
空間の中に身を置けば 仏様がおいでおいでしてくれますが もう少し待ってねと言って帰ってきました

三千院のよりも迫力ありますよ

2016/04/24 (Sun) 22:29 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。