スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

西ノ京やまぐち 瑠璃光寺の国宝五重塔


前回にさっと紹介した瑠璃光寺をご案内しますね

室町時代、大内氏25代の大内義弘が現在の場所に香積寺を建立したが、義弘は応永6年(1399年)に応永の乱を起こし足利義満に敗れて戦死する。義弘の弟である26代大内盛見が兄を弔うためここに五重塔の建設を開始したが、盛見自身も九州の少弐氏・大友氏との戦いで永享3年(1431年)に戦死する。五重塔はその後嘉吉2年(1442年)頃に完成した。
Wikipediaより引用



国宝 瑠璃光寺五重塔

五重塔を建てたころの寺は 香積寺 だったのです

では 瑠璃光寺は 何?

そのあたりは続きを見てね

続きに行く前に いつものお願いです

ブログランキングに参加しています  応援してくださいね

バナー または こちら FC2ブログランキングを プッチンと クリックしてね

 今日も 応援 ありがとうございます m(__)m 

応援クリックは 一日一回 有効です
毎日クリックしてくださったら もう とびはねて喜びます うれしい!





続きです

五重塔が建てられたのは室町時代 26代大内盛見氏のころです

それとは別に 大内氏の重臣で一族である陶氏の7代当主陶弘房の死後、弘房の夫人が夫を弔うために文明3年(1471年) 現在の山口市仁保高野に 寺を建立しました その寺が瑠璃光寺です

時代は戦国時代に進み 弘治3年(1557年) 戦国大名周防大内氏は重臣で同族の陶晴賢の謀反により滅亡し 陶晴賢もまた毛利元就に厳島合戦で敗北し自害 その後毛利氏が長州(周防国と長門国)を支配します

徳川時代にはいり 幕府は毛利氏を僻地であった萩におしこめます 毛利輝元が慶長9年(1604年)に香積寺を萩に引寺
五重塔も萩へ持っていこうとしたのだそうですが 山口の人が嘆願書を出して残してもらったのだそうです

空っぽになった寺の跡地に 仁保瑠璃光寺を移転 これが現在の瑠璃光寺です
瑠璃光寺は 香山公園内にあります

瑠璃光寺山門

瑠璃光寺山門

瑠璃光寺本堂

瑠璃光寺本堂

ご本尊は薬師如来様です

瑠璃光寺 ご本尊

本堂の前庭

瑠璃光寺

渡り廊下があります

瑠璃光寺

少し立ち位置を変えたら 五重塔が 入ります
これは以前に写したものです
10年程前ですので いいアングルを探して動いていましたが最近は もう 立ち止まって パシャ とするだけで 少し下がったり横にずらしたり しゃがんだりして写せばいいのですが しゃがむのは きついのです

この時はバスで観音霊場巡りのツアーに参加していたのですが デジ一眼に18-200のレンズをつけて行っています
今はそんな重いのはまっぴらごめんで 持っている一番小さなカメラを持って行ってます

雨の瑠璃光寺

↓はコンパクトデジカメ Canon PowerShot S120 での撮影
最近はコンデジでもすごく明るいレンズがついていて進歩しています
中途半端なコンデジではスマホにとってかわられますからね

五重塔

この塔は 全国に現存する五重塔のうちで10番目に古い塔です
一番美しい塔と言われています
高さ 31.2m で屋根は檜皮葺。二層にのみ回縁(まわりえん)がついています

瑠璃光寺五重塔

東京スカイツリーは 山口の塔のような魅力のある立ち姿を作ろうというのがデザインコンセプトだったそうです

パンフレットからお借りした図です

瑠璃光寺 建築図

この塔は外から眺めるだけで 扉も開いていません
中は入れないどころは見ることもできないのです
こんな太い芯柱が入っているのですねぇ

2006年に行ったとき この2,3日後に 御開扉がありTVでそのことを知り残念に思ったのを覚えています
その時は50年ぶりの開扉だったのです 
その日の瑠璃光寺を下関の方がBLOGに書かれています 「国宝瑠璃光寺五重塔開扉
めったに見れない貴重な写真ですので よかったら見せてもらってくださいね リンクつけています

2010年2013年にも開扉したようです

山口の五重塔は 上の層になるにつれ、層の幅が細くなり、それがすらりとした美しい立ち姿を形作っています
五重塔は 芯柱が最上層の大屋根を支える垂木と組み合うまで、中間層の構造体には待ったく触れない構造です
それが柔軟性のある制震構造になっています

今までいろんな五重塔を見てきましたが この塔が一番好きです
中国観音霊場めぐりで中国地方の観音をお祭りしている寺37ヶ寺をお参りしました
塔を持つ寺がいくつもありました
福山の明王院の五重塔も国宝の美しい塔でした
↓が 明王院の国宝の五重塔です 貞和4年(1348)建立 



大概の塔は 朱塗りで瓦ぶきというのが多いのです

瑠璃光寺は 瓦ではなく檜皮葺 塔の部分は もとは彩色があったのでしょうが 茶色い地肌の材木です
虚飾をそぎ落とした 年月に耐えてきた美しい塔です

司馬遼太郎さんも言っておられます

司馬遼太郎 石碑

司馬遼太郎が「街道を行く」の中で瑠璃光寺五重塔を見て「長州はいい塔を持っている」と記した記念の碑です。

(長州は、いい塔をもっている)
と、惚れぼれするおもいであった。
長州人の優しさというものは、
山口に八街九陌をつくった大内弘世や、
ザビエルを保護した義隆などの大内文化を知らねばわからないような気もする。

現在の首相も 長州人なのですがねぇ 大内文化とは無縁の人のようです

若山牧水の歌碑もありました
瑠璃光寺を訪れたときに詠んだ歌です

若山牧水歌碑

  はつ夏の
     山のなかなる ふる寺の
  古塔のもとに 立てる旅人   若山牧水

私も 塔の前で写真写しました が 非公開です

見残しの塔ー周防国五重塔縁起
瑠璃光寺を見て感動されて 小説を書いた人がいます
「見残しの塔  周防の国五重塔縁起」 2008年9月発行
書いたのは 久木綾子さん 1919年東京生まれ
私がこの本を知ったのは 2009年6月ラジオ深夜便に出演されて 瑠璃光寺のことを題材に小説を書こうと思ったことなどを話されたのを偶然聞いたのです

70歳の時に初めてこの塔と出会い 小説を書こうとと思って書くための準備に14年 書くのに4年半 本になるのに1年余り
出版されたとき 89歳の新人作家と話題になりました
若いころに文学修業をされたことはあったのですが結婚されて専業主婦として過ごし ご主人が亡くなられてから 旅行をしてとうに出会い 小説を書こうと思われたのだそうです

小説は 塔を建てた人 技術者を主人公にして書かれたそうです
私はまだよんでいないのです
amazonで古本を見つけて注文したら届きました
今から 読みます

どんな小説か 楽しみです



山口の旅 長々と引っ張りました 
初夏に行ったのにもうすぐ秋になります

今年はちょっと夏の暑さがこたえました
毎年秋にも小旅行をしていますが 今年は未定です

では これで長州の旅おしまいです
ありがとうございました
また 以前に行ったお寺の写真もアップしていきます

ランキング応援クリック まだの方 良かったらしていってくださいね

こちら FC2ブログランキングを プッチンと クリックしてね

花日記「今日の花」は 毎日更新をしています  こちらもよろしければ見てくださいね

過去の記事 一覧は こちらで 見ていただけます お時間のある方は どうぞ


当BLOGで使用している写真 動画の複製 無断使用 お持ち出しは ご遠慮くださいね




カメラ機種名 Canon PowerShot S120
撮影日時 2015/05/15
関連記事
スポンサーサイト
Theme: 国内旅行 | Genre: 旅行

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。