船場のおひなまつり1 少彦名神社


もう終わってしまったイベントですが 船場のお雛さま展に行ってきました
春の船場博覧会2015として企画されたのです

江戸時代から大阪の中心として栄え 豊かな文化を育んできた船場
戦争とその後の街の発展で 街の姿はすっかりかわってしまいました

北船場ゆかりの三家に代々伝わるお雛様を 特別展示公開していると聞きましたので 最終日の3月4日行ってきました

船場のお雛祭り

おひな様は 道修町(どしょうまち)の少彦名神社(すくなひこなじんじゃ) 神社と背中合わせの伏見町の伏見ビル そこから少し西よりの芝川ビルの3箇所に展示してあるのです

ひなまつり展 map

地図の5,9,10のところです

では まず少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)に行きました 続きでどうぞ 御覧ください

その前に
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続きです

少彦名神社のある通りは 道修町 どしょうまちと読みます
ここは 江戸時代から 薬の街として 知られていました
清やオランダからの薬を一手に扱う「薬種中買仲間」が店を出していたのです
日本に入ってくる薬はいったんは道修町に集まり そこから全国に散っていったのです

今も 大手製薬会社の大きなビルが並んでいます
今はみんな高層ビルですね
塩野義さんと田辺・三菱製薬ビルです

塩野義製薬と田辺三菱

道修町で薬の神さんとして親しまれている神能さんを祀っているのが 少彦名神社なのです

少彦名神社です
ビルとビルの隙間のようなところが入り口です

少彦名神社

ここから 入ります

少彦名神社参道

少彦名神社由来です
神社については あとで書きますね

少彦名神社

鳥居をくぐったところにご神木 大きなクスノキ があります
一心にお祈りしている方がおられました

正面が本殿です

左手にお雛様が飾られていました

少彦名神社参道

こんな注意書きが・・・

注意書き

まず 手と口をすすぎ 本殿でお参りを済ませ(お賽銭も忘れずに) それから おひな様を拝見しました

別所家のお雛様 宮司さんのおばあさまがお嫁入りの時にお持ちになられたとか・・
明治のお雛様でしょうね

別所家のお雛さま
大阪船場で道具商を営む斉藤家の次女・キクが、別所家に嫁ぐ際に嫁入道具として持参したと言われています。  
キク存命中は、毎年、この雛飾りを出してひなまつりを祝っていました。

少彦名神社は、かつて薬種仲買間会所のあった場所で、別所家は、江戸時代から薬種仲買仲間会所の書記を務める家柄でした。 会所内に祀られていた神農さんと少彦名命を、1910(明治43)年に社殿を新築し、少彦名神社として正遷宮して後、別所家が代々宮司を務めています。
引用



別所家のお船様

おひなさまのお道具に いろいろな種類のお茶道具があるのがちょっと珍しいですね
ご実家がこういうお道具を扱うお商売をしていたという風に説明されていました

また お道具に下駄箱があるのも珍しいです
ちゃんと 普段の下駄とこっぽり 雨の日用と入っていました

前には 草履が並べてありました これは 右の方に展示してあった市松人形の草履やそうですわ
畳表の草履 男物は雪駄っていうんでしたっけ・・昔はこういうのを履いていたんでしょうね

別所家のお船様
 
以前に聞いた話ですが 船場のええしのいとはん(良家のお嬢さん)は 下駄箱にずら~とげたが並んでいても 少しもちびっていない(すりへっていない)
なぜなら お稽古のお師匠さんも呉服屋さんも 小間物屋さんも すべて家に来てくれるから 外を出歩くということはなかったとか・・

神社入り口に 春琴抄(谷崎潤一郎)の碑がありました

春琴抄の碑

春琴抄の碑 銘文

ここで 少彦名神社について ちょっと説明
興味ない人は飛ばしてね

御祭神
 少彦名命(すくなひこなのみこと)
   日本医薬の祖神 神皇彦霊神(かんむすびのかみ・万物生成の神)の子
 神農炎帝
  中国医薬の祖神
  商売の神
  百草を嘗めて効能を確かめ医薬と濃厚を諸人に教えた

ご由緒

 ここ大阪道修町(どしょうまち)は、豊臣時代頃から薬種取引の場として薬種業者が集まるようになっていました。

 江戸時代になると、幕府は道修町の薬種屋124軒を株仲間として、唐薬種や和薬種の適正検査をし、全国へ売りさばく特権を与えました。
薬は、人命に関わるものであり、その吟味は大変難しいものがあります。

 そこで、神のご加護によって職務を正しく遂行しようと、
  安永9(1780)年京都の五條天神より少彦名命を仲間の寄合所にお招きし、
  神農炎帝王とともにお祀りしたのが始まりです。 HPより引用



ここ少彦名神社例大祭は11月22日,23日 神農祭といいます
大阪の祭りは 1月10日のえべっさんから始まり 神農さんでおわります

以前にお祭りの日に参拝して写真も写してきたのですが BLOG化しないでPCの中で眠っていましたので 大急ぎで起こしました

少彦名神社は 少彦名命と 中国で医薬の神様、神農氏をお祀りしているのです
それで 大阪では 、神農さんと親しみを込めて呼ばれています

えべっさんは 笹に熊手や俵の吉兆をつけたのをいただいて帰りますが 神農さんは 笹に張り子の虎をつけたものが授与されます
神虎といいます

昔 妹が道修町の製薬会社に勤めていたのですが 神農祭の前になると女子社員が笹にトラやら薬の箱を飾って お得意先にとどけたのです
自宅用にもいつも笹をもらってきていました
今も そういうことをしているのかなと神社の方にお聞きしましたら 今もやはり 笹やらトラを別々におもとめになって作っておられる会社がありますよとのことでした

外資系の会社では していないでしょうねぇ 

「神虎」は神農祭の直前に丹波の笹を仕入れて作るため 一般は祭礼より前に求めることは出来ません 


神農さんの時の道修町は 仙台の七夕飾りのようになります

神農祭の笹飾り

後の煉瓦の建物は 武田長兵衞商店(現 武田薬品工業)本店 (道修町武田ビル) 
竣工年:昭和3年(1928)
設計:片岡建築事務所

現在は 薬に関するいろいろな資料や道具の資料館(杏雨書屋)になっていて だれでも閲覧できるそうです
何でも解体新書があるとか・・

武田旧本社ビル

武田薬品工業の現在の本社ビルは道修町ですが御堂筋の西側です

神農祭の写真 良ければ御覧ください



神社の社務所3階に 「くすりの道修町資料館」があります
むかしの薬やら宣伝ビラなど展示してあってなかなか興味深かったです
ここも以前に写真写していますので 整理ができたらアップしますね

少彦名神社へのアクセスは

交通機関

 大阪市営地下鉄  堺筋線「北浜」駅 6番出口 徒歩 3分

大阪市営地下鉄 御堂筋線「淀屋橋」駅 11番出口 徒歩 8分
 
   ※ただいま工事の為、11番出口が閉鎖されておりますので、12番・または13番出口を
    ご利用ください


では今日はここまで
次は ひとつ北の通り 伏見町の伏見ビルのお雛様を見に行きます

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カメラ機種名 Canon PowerShot S120
撮影日時 2015/03/04

 
 
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