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ウサギの楽園は 昔 毒ガス製造の島だった


瀬戸内海に浮かぶのどかなウサギの楽園は むかし 日本陸軍の要塞で 一般人の入れないところでした

日露戦争が始まる前の明治35年(1902)年に 大久野島島内には北部・中部・南部の3個所の砲台が設置され、合計22門の大砲が置かれていました

旧陸軍は 1929年から終戦まで この島で密かに毒ガスの製造を行なっていました
主な製品は イペリットと ルイサイトで いずれもびらん性ガスと呼ばれ 皮膚をただれさせる性質を持ち年間生産量は多い時は1500トンに及びました

第二次世界大戦が終わると同時に進駐してきた連合軍の指示のもと日本人作業員によって この島にあった毒ガス工場や製品を1946年から約1年かけて。薬品で消毒したり 太平洋の沖に沈めたり焼いたりして処分しました

島内mapです 赤丸の番号が 今回見てきた毒ガス関連施設です

大久野島島内軍施設遺跡MAP

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黄色い線で囲んだところが 休暇村本館です
レンタサイクルで 一周4kmあまりの海沿いの道を ウサギに餌をやりながら遺跡巡りに行きました

青い空と 海 ウサギ 平和な景色のなか 自転車は走っていきます

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続きです

休暇村のホテルから出発です
海へ行く途中に ありました トンネルのようなかまぼこ型をしています

3軒屋毒ガス貯蔵庫跡

ここは 三軒屋毒ガス貯蔵庫です

実は大久野島は初めてではないのです 2度めです
もうずっと昔になりますが ウサギはまだいませんでした 1967,8年だったと思います
釣りに行ったのでした 朝早く小さな船に乗り 海に出ました 鯛釣りでしたが 私は簡単なベラを釣っていました
昼前にこの島の小さな桟橋に船は着きました
そこで船頭さんが 昼ごはんを作ってくれることになっていて 私たちは上陸して 観光することになりました
まず みたのが コンクリートのくら~~い建物でした
それがここだったのかどうか・・

3軒屋毒ガス貯蔵庫跡

イペリット(マスタードガス)のことは 知っていました
マルタン・デュ・ガールのノーベル文学賞をとった「チボー家の人々」全5巻を読んでいたのです
第一次世界大戦前後の10年間を畫いた小説です
兄アントワーヌが戦場でイペリットにやられて死んでいくのです

マスタードガス(イペリット)は 第一次世界大戦のイープル戦線でドイツ軍により初めて使われたため、イペリット(Yperite)とも呼ばれるようになったのです
ガスに触れると 皮膚がただれ 吸うと呼吸器管の粘膜が侵されるのです

怖い兵器です


こんなトコロにも落書きが残っています

結構古いものが多いです 1960年代がいくつも見えています
まだウサギもいなくて こんな大きなホテルもなくて 海水浴に来るぐらいの休暇村だった頃ですね

メッセージ性も持たない単なる落書き 情けないですね

三軒屋毒ガス貯蔵庫

自転車で5分も走らないうちに 大きな廃虚がありました
長浦毒ガス貯蔵庫です

長浦毒ガス貯蔵庫跡

長浦毒ガス貯蔵庫跡

青い空 緑の木々 平和な5月です

長浦毒ガス貯蔵庫跡

こういう所でも自転車を止めると うさちゃんは とんでくるのです

長浦毒ガス貯蔵庫跡にいたうさぎ

写真でもわかるとおりの快晴 5月とは思えないほどの暑さでした

散歩している人も 自転車の人にも行き会いません 皆さん木陰にいるのでしょう
暑い中 電動アシスト自転車は スイスイ
でも 本当は 私はヒヤヒヤでした
なぜなら いつも乗っているのは 24型の自転車 レンタサイクルは 26型 一番下までサドルを下げても ちゃんと足が地面に届かない 
踏み込んだ時のパワーが違うのです 半径1インチの差でも やはり随分と違います

大きな施設跡がありました
北部砲台跡です 地図の③です

北部砲台説明板

ここは日露戦争が始まる前の明治35年(1902)年に設置された芸予要塞の大久野島堡塁北部砲台の跡です
大久野島島内には北部・中部・南部の3個所の砲台が設置され、合計22門の大砲が置かれていました
 
北部砲台は、照明所、観測所、12cm速射加農砲の砲台、24cm加農砲の砲台、砲側庫、地下兵舎、発電機関舎で 構成されていました。

日露戦争当時 北部砲台前の広場には発電機関舎がありましたが 毒ガスの生産が始まると 毒ガスのタンクが置かれるようになりました
戦後の毒ガス処理でタンクは切断し、処分されました

北部砲台

地下に兵舎があったのですね 日露戦争当時です
北部砲台

海を見ながら 走るのです
車が来ることはないのですが ウサギが飛び出してくるかもしれないのです

ウサギを見かけては止まって キャベツをやり 軍施設があれば見に行く

そんな調子で回って行きました

大きな建物がありました 4番の発電場跡です

発電所跡

発電所跡


発電所跡 

この建物の中で 女学生が風船爆弾を作っていたんですね

発電所跡 

まさに廃虚でした

廃虚に命の象徴の新緑が輝いていました

そして 平和の象徴ともいえる ウサギがくつろいでいました

静まり返ったのどかで美しい風景でした

この発電所には小さなトンネルを抜けていくのです
以前はトンネルの先は入れなかったのですが 今は建物の近くまで入れるようになったのだそうです

ここまで来たら フェリー乗り場はもうすぐそこです
向こうに見えているのは ただのうみ そう 忠海です
ひらがなで書いたら ただの海 になってしまいますね

フェリー乗り場近く


キャンプ場もある明るい海を見ながら 走りました
いい気持ちです

小さな桟橋がありました

小さな桟橋

私 実は大久野島に来るのは2度めだってことは書きましたね
その時 お昼にこの桟橋に釣船がついたのです
そして 休暇村でトイレを借りて 毒ガスの廃墟をみたのです
案内をしてくださった三原の人から説明され 毒ガスのことを知ったのでした

リフトで展望台に上がったのを覚えています
いま もうリフトはありませんでした

展望台から降りてきたら この地方の漁師のつくる魚飯ができていました
釣りたてのベラを炊きこんで醤油で味を付けた魚飯でした おいしかったです

この近くに 環境庁のビジターセンターがあるのです

ビジターセンター

ビジターセンターで うさぎの写真を展示してあるのでみたかったのです
とっても可愛い写真がいろいろ展示してありました

まもなく 休暇村ホテルです 
ホテルのすぐ近くに 古い建物がありました

研究所跡です map⑥番
この建物は 毒ガス製造時代の研究室と薬品庫として使われていました
なんだか見覚えがあるみたい 多分以前に来た時に見たのでしょう

研究所跡

左手の建物は検査工室で、毒ガス製品の管理や機密書類の保管のほか 毒ガスの検査など行われていました

大久野島に休暇村が整備された頃 これらの建物は一時 宿泊施設として利用されていたこともあったそうです 今はこれ以上は近づけません 近づきたくもありません

検査工室

説明板の古い写真です

この辺りは工場が建っていたのですね

今は休暇村本館が建っています 宿泊施設です

あのたくさんあった毒ガスは どういうふうに処分されたのでしょう

地下に埋められたぶんは無害化しているのかしら・・

古い写真


この島は 修学旅行生が来たり また平和学習の場にもなっています

大久野島毒ガス資料館は,この島で毒ガスを製造していた事実 そして製造過程で多くの犠牲者を出すに至ったこと,この痛ましい事実を今に伝えるため,昭和63年に建設されました

TVのドキュメンタリーで取り上げられてから知る人もだんだんに増えてきていますが ほとんどの日本人は 日本で毒ガスが作られていたなんて知らなかったのです

毒ガス資料館

化学兵器は、1925年のジュネーブ議定書で戦争での使用が禁止されていたが、開発保有まで禁じられていたわけではなく 
また、当時の日本は署名だけしており、批准はしていませんでした

それでも 化学兵器を製造していることは知られては困ることであり この島の存在自体を地図に載せないということで隠したのです

この島の毒ガス工場に勤務した一般人たちも 毒ガスの被害にあい 長い闘病生活を送ったり亡くなられたりされたのです

数学旅行生たちが 折り鶴をもってやって来るのです

折り鶴

こんな暗い過去があったなんて 今では信じられない平和な島です

ウサギ好きの人が多くて ホテルの予約をとるのも大変です
冬場には 一ヶ月ぐらいの長期滞在をする人がおられるとか・・


随分と長くなりました 疲れたび~



最後までありがとうございました

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追記 (2013/07/18)

この記事を書いて1ヶ月以上になるのに 一件のコメントもないというのは 誠にもって悲しいです
まもなく68回目の8月15日も巡ってきます
風化させては行けない歴史だと思います
綺麗な風景だけでなく 時折メッセージ性のあることも書いていこうと思っています
一緒に考えてくださるとうれしいです

この記事にかぎらず コメントをいただけると元気が出て 更新する気力が湧いてきます
スルーだけだで応援クリックもなく コメントもないといくら足跡があっても 気分が滅入ります
もうやめてしまいたくなります


カメラ機種名 OLYMPUS XZ-2
撮影日時 2013/05/13 14



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Theme: 地域情報 | Genre: 地域情報

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