尼崎大覚寺の節分


2月になって少し暖かい日が続きました
尼崎の寺町 大覚寺に節分の豆をもらいに行ってきました
このお寺は 2年前にも行っていますが ちゃんとした能舞台が有り 節分狂言をしているのです

豆まきは 2時 4時 6時と3回します
私が言ったときは狂言「橋弁慶」をしていました

橋弁慶

なぜ 弁慶かというと ここ 尼崎は義経主従のはゆかりの土地なのです

では続きでどうぞ

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続きです

最近 あの鬼のようなおばはんのせいで 尼崎の評判は地に落ちていますが 古い城下町なのです
大覚寺も尼崎で現存する市内で一番古い寺です

本堂以下の建物は明治の大火で消失し再建されたものですが 寺伝によれば 推古13年聖徳太子が命じて作らせたということです

聖徳太子が百済の高僧・日羅上人に命じられて、瑞光に輝く長州の浦(現在の尼崎市東本町「大物」)に「灯炉堂」を建設されました。
大覚寺の創建は、これが起源と言われています

大物は 尼崎城下町の一つで、平安時代にはすでに船舶の発着地として発達していました。大物の地名由来には諸説ありますが、平安時代に港町として栄え、西日本各地からの材木の集散地として知られるようになり、取引された巨材を意味する「大物」から、この地を大物と呼ぶようになったとの説が有力です。

大物浜から源義経が兄の頼朝の追討を逃れるため船出した史実が、のちに謡曲『船弁慶』や『義経千本桜』として歌舞伎でも上演されています

義経千本桜 この間 猿之助襲名公演でみてきたんだわ 

大物からの船出の狂言は 大物の浦といい これも上演されるのです

橋弁慶 2年前に動画で写しています こんなのです 2年前にも詳しくアップしています こちら 



また 大覚寺は 祇園祭とも関係があるのです

京都祇園祭で応仁の乱以前から巡行する「芦刈山」がある。
「難波の芦」「難波の梅」の故事来歴を謡の中で披露すしています

由来を書いた説明がありました

芦刈山由来

こうかいてあります

謡曲「芦刈」は 「浪速の芦」にちなみ 平安文学「大和物語」から取材し世阿弥が制作した謡です。

故あって妻と別れた男が大物の浦、大覚寺市庭(中央商店街のルーツ)で再会し 幸せになる物語です
京都祇園祭の山車には この能楽芦刈を題材にした「芦刈山」が500年以上前から巡航しています

平成16年 京都の祇園祭山鉾連合会の協力で「芦刈山」の1/2の大きさのレプリカを作り 18年 市民まつりでパレードをしたそうです こちら参照

芦刈山

人形がありました これを乗せたのでしょうね

芦刈山人形

祇園祭に行ったとき 芦刈山 うつしているかなぁ 

だんだんと人が増えてきて いよいよ豆まきが始まりました

福男は芸能人ではなくて 地元の人たちでした

この前に来た時は視聴もまいたけれど 今年は? 2時のにきたのかな

これは4時の豆まき

大覚寺豆まき

この一枚を写しただけで 豆をもらうために頑張りました
帽子の助けを借りて 一つゲットしました

このあと 大阪梅田のヨドバシまで修理のできたPCを取りに行かなくてはいけないのでb お寺をあとにしました

大覚寺山門です

大覚寺山門

狭い道に店が出ています

出店

駅へと帰る途中のお寺に こんな言葉が貼ってありました

なるほどねぇ

ことば

では 今日はここまで

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カメラ機種名 OLYMPUS XZ-2
撮影日時 2013/02/03
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Theme: 伝統行事 | Genre: 写真

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