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京都探訪 身代わり不動尊の法住寺


今日は 養源院のお隣にある法住寺のご紹介です

法隆寺ではなくて 法住寺 平安時代中期 藤原為光によって建立されました
その後火災にあい しばらくは そのままになっていたのですが 1158年 後白河天皇が皇位を二条天皇に譲り上皇となり ここ法住寺に院の御所 法住寺殿を築きました
広大な御所だったそうです

法住寺

右側の赤い塀は蓮華王院 三十三間堂です
三十三間堂は 上皇が 平清盛に命じて建てさせたものなのです
法住寺に属するお堂だったのです

正面の門は 南大門です

では 続きをどうぞ

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続きです

三十三間堂から見えた山門は法住寺の門でした

三十三間堂と法住寺

玄関先にはフヨウが咲いていました

法住寺

このお寺も以前に来ているのですが なんだかちょっと印象が違ったのです
以前の写真と比べてみました
2007年3月撮影です

法住寺

違いますね

右側の壁が 白壁になっていますね

本堂は左って張り紙がしてありました
本堂です
ここも明るくきれいになっていますね

法住寺本堂

本堂の前は 小さな石庭になっていました
普段は石庭ですが 護摩をたくところだそうです

法住寺

ここ法住寺は 身代わり不動尊で有名なのですが これは上皇の身代わりになった 助けたという言い伝えなのです

後白河上皇の寵愛する女御 平滋子は 清盛の正室平時子の腹違いの妹です
大河ドラマのキャストで言うと 時子が深田恭子 深キョンで 滋子が 成海 璃子 くせ毛の平安美人を演じています
後白河上皇は 松田翔太 あの優作の次男 なかなかいいですね
今様を愛し 歌ったということで 今も法住寺では 10月第2日曜日 今様歌合せが行われています
今様とはあの時代の下々の流行歌で 後白河上皇は その歌を集めて 梁塵秘抄という本を編纂しています

   遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや 生まれけむ
   遊ぶ子供の声聞けば 我が身さえこそ動がるれ

ドラマの中で 松田聖子扮する元白拍子で 白河法皇の寵姫だった祇園女御が歌っていますね

YOUTUBEで検索して見ましたら 法住寺での今様歌合わせの様子がアップされていました



法住寺は平氏の力をバックにした後白河上皇(後に法王)の院の御所として隆盛を極めますが 滋子が若くしてなくなり 女御の御陵として法華堂が建てられました

滋子の死後 上皇と清盛の関係はあまり良好とはいえなくなってきます
平氏打倒の動きもみられるようになってきます

おごる平家は 久しからず 清盛の死後数年  1183年(寿永2年)法住寺殿は 木曾義仲(源氏)に攻めこまれ焼き討ちされます
その時に 不動明王が 法王の身代わりになって 法王を逃したと言い伝えられているのです
法王は輿に乗り逃げ出します 
数年後 なくなってから 法住寺殿に法華堂が立てられ 法王の御陵と定められました 
蓮華王院の対面に上皇と滋子の法華堂二堂が並立していたようです

この竜宮城のような門は 御陵の門でした

法住寺竜宮門

法住寺は 御陵を守る寺として 長く存続し その時々の勢いのある寺に関係して行きました

豊臣の頃には 大仏で有名な方広寺が 法住寺や蓮華王院の寺域をも包括していました
今も残っているこの大きな門南大門は 当時の方広寺の門です

今は三十三間堂の南大門と言われていますが 豊臣の方広寺の南大門として作られたもののようです
そしてその門に続く塀も現存しています 太閤塀と言われています

南大門 解説版

南大門 太閤塀

元禄時代 赤穂藩家老大石内蔵助が参拝したといわれ その縁で 本堂には 四十七士の木像がおさめられています
そして12月14日には 義士大祭が開かれ 法要ののち献茶式、討入そば接待があるそうです

明治になり 御陵は宮内庁の管理になり 法住寺は 明治期から昭和にかけて『大興徳院』と寺名が改称されたが、1955年(昭和30年)、法住寺に復名しています

これは以前に写した写真です
和服姿の女性が通りかかったのであわてて写したのです

左端に柵のような門扉がありますね
御陵への入り口です 土日祝はあいているようです

法住寺

法住寺の梁塵香と言う名のお線香を買って来ました
いい香りでした でも ほんの少ししか入っていないのに・・・高かった・・

梁塵香

六波羅と法住寺殿復元図というのを見つけました
院政のころの法住寺の大きさ 六波羅との位置関係などがわかります
六波羅は 清盛の住んでいたところです

「平安京探偵団 平安京を歩こう」というサイトの中にありました
同志社の先生がされているサイトのようです こちら 

法住寺

所在地 京都府京都市東山区法住寺三十三間堂廻り町655
宗派 天台宗
本尊 不動明王
創建年 988年(永延2年)
開基 藤原為光

参拝は自由です

おもな行事

1月15日 無病息災大根炊き(不動明王に備えた大根を大鍋で炊いて接待)
5月2日 後白河院御聖忌法要(5月1日~7日には後白河上皇の木像が開扉公開される)
10月第2日曜日 今様歌合せ(日本今様歌舞楽会の奉仕)
11月15日 身代不動尊大祭(採灯護摩供養、舞楽の奉納)
12月14日 義士大祭(法要ののち献茶式、討入そば接待)

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カメラ機種名 XZ-1
撮影日時 2012/09/17

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Theme: 京都 | Genre: 地域情報

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