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京都探訪 養源院の血天井


京都の旅 三十三間堂の次は ちょうど真向かいにある養源院に行きました

養源院は 浅井長政の院号で 文禄3年(1594年) 長政の長女淀君(秀吉の側室)が 秀吉に願って 父浅井長政の供養のために創建
その後  火災で焼失したのを 淀君の妹 お江の方(徳川秀忠正室)が再興され 以後徳川家の菩提所となり、歴代将軍の位牌を祀っています

養源院

拝観料を払って中に入りますと お寺の方が丁寧に解説をして中を順に見せていただけます

では 続きを見てくださいね

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続きです

「養源院の血天井」と恐ろしいタイトルをつけました
なんといってもこのお寺を有名にしているのは血天井の存在です
山門前からして こうです

養源院山門と立札

桃山御殿血天井って書いてあります

どういうことでしょうか

養源院立札

この立札には こういうことを書いてあります

豊臣秀吉の側室淀殿が父浅井長政の追善のため文禄3年(1594)成伯法印(長政の従弟)を開山として建立した。
寺号は長政の法号養源院をとったものである。 もとは天台宗であったがいまは 浄土真宗遣迎院派にぞくする。
建立後ほどなく火災で焼失したが、元和7年(1621)徳川秀忠夫人崇源院が伏見城の遺構を移して本堂を再建した。
この本堂の正面と左右の廊下の天井は 慶長5年(1600)関ヶ原合戦の前哨戦で伏見城が落城した際 家康から同城守備を命じられた鳥居元忠以下の将士が自刃した時の板間を用いたものと言われ 俗に血天井と呼んで知られている
本堂の松の間の襖絵「松図」十二面及び杉戸絵八面(いずれも重要文化財)は 俵屋宗達の筆と伝えられ、杉戸には 唐獅子 白象 麒麟を描いている 京都市 引用



門をくぐって 中に入りましょう
振り返るとそこには 三十三間堂がみえます

養源院 山門内から

石畳の参道は 緑が濃くて 涼しいでした
9月9日に行ったのですが真夏の暑さだったのです
この参道はもみじのころも きれいです

養源院 参道の石畳

本堂です すっきりと美しいお堂です
この写真は以前に写したもので3月初めの撮影です 葉が落ちています
枝垂桜です

今回 参詣者がいて ちょっと写せなかったのです

養源院 本堂 3月撮影

入ってすぐの左手に手水舎がありました

手水舎

小さなお社がありました
扁額には 白衣弁財天 とありました

白衣弁財天

境内のあちらこちらに百日紅が咲いていました
お寺なのに鳥居のある不思議
左の緑濃い木は ヤマモモの古木で親睦とさえているのだそうです
で 鳥居があるという次第のようです 

百日紅

本堂には 徳川の家紋 三つ葉葵を染め付けた幕がかかっていました

養源院 本堂

写真を写せたのはここまで 内部の撮影は禁止でした

養源院 俵屋宗達本堂を入ってすぐ 杉戸に絵がかいてありました
ネット上にあったものをもらってきました
唐獅子2体です 左川の茶色い唐獅子は どこから見ても視線が合うといわれています
八方にらみなのです

俵屋宗達の杉戸絵は とっても大胆な構図で面白かったです

入口でしばらく待っていますと 20人ぐらいのグループで 説明を聞きました
カセットで一通り流したあと 女性が いろいろと補足説明をしてくださいました

本堂の廊下は 左甚五郎作と伝えられている 鴬張りです
鴬が鳴いているようには聞こえませんでしたが なっていました

大河ドラマ 「江」を放映した年には 観光客がおしよせ 鴬張りが痛んでなり方が悪くなったということです

本堂の中は薄暗く 目を凝らして 桃山時代の様式だといわれる御殿を眺めましたが やはりお目当ては血天井

伏見城で自害した将士の遺体は 夏の暑さの中 一か月あまりもそのままになっていて 血と脂がしみ込んだ板間は 洗ってもこすってもシミが消えなかったのです

この床板は いくつかの寺院に移築されています 宝泉院・正伝寺・源光庵など
秀忠夫人崇源院殿が養源院を再建するのに 伏見城の遺構を用いたのは 自害した将士たちへの追悼と 豊臣秀吉への憎しみを現しているといわれています

案内の人は 細い竹竿をもち 天井のあちらこちらをさしながら これは誰それの頭 脚は組んでいますとか 説明するのです
そうすると ばらばらの星が星座になるように 赤黒いしみが人の姿に見えてくるのです

1600年に起こったことです 412年たっています
でもまだしみ込んだものは薄れることなく 存在しているのです

お~~ こわ~~

そして その人たちを慰めるために 白象 や 麒麟 唐獅子などの板戸絵で飾っているのです
これは 写真を写したのではなく 絵葉書をスキャンしているのです

杉戸絵 八面

俵屋宗達は たぶん像など見たことはなかったと思うのですね
江戸時代に増が長崎から江戸まで道中をしたというのは聞いたことがあるけれど どっちが先かなぁ

本堂の別の部屋に 徳川秀忠 や お江さまとあと一人誰だったかな お祀りしてある部屋では たまたまその日が 御開帳でした
お位牌をよ~~く見てくださいねって言われましたが暗くて私の目では よく見えませんでした
位牌には、「菊」「葵」「桐」の3つの紋が刻まれているのだそうです

養源院のお庭は小堀遠州の作庭ということですが お庭には入れませんでした

百日紅の大木があり 見事に咲いていました

奥の建物は何かなぁ

養源院 百日紅

左の大屋根は本堂の屋根です

養源院 百日紅

古い石仏が まとめてありました
いつのころのものでしょうか

石仏

参道のもみじです 
間もなく紅葉の季節です
このお寺は小ぶりですが 楓と桜 きっと美しい紅葉を見せてくれると思います

参道のかえで


養源院

所在地 所在地 京都府京都市東山区三十三間堂廻り町65
拝観時間 9:00〜16:00
定休日 1月21日、5月21日、9月21日 13:00〜15:00
拝観料 500円

交通 /
京都市バス博物館三十三間堂前から徒歩すぐ
京阪電車 七条駅下車 徒歩10分


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カメラ機種名 XZ-1
撮影日時 2012/09/09
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Theme: 京都 | Genre: 地域情報

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