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大坂船場の坐摩(いかすり)神社


今日は 大坂船場にある坐摩神社にご案内します
坐摩神社は 今までざま神社と思っていましたが 正しくは なんと いかすりじんじゃというのだそうです


坐摩神社

大阪の中心部 地下鉄御堂筋線の本町駅近くにある古い神社です

どれぐらい古いかといいますと 神功皇后が三韓征伐より帰還したとき、淀川河口の地に坐摩神を祀ったことだとされています

「いかすり(ゐかすり)」の語源には諸説あるが、坐摩神社では、「居住地を守ること」という意味の「居所知」(ゐかしり)の転と説明しています

この写真 よ~~く見てください
大小3つの鳥居が横に組み合わさった珍しい「三鳥居」ですよ

では 鳥居をくぐって 本殿に・・お参りしましょ


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続きです

坐摩神社

立派な鳥居ですね

入ってすぐに狛犬さんが鎮座していました
狛犬さんは 石像ではなくて陶器 焼き物でした
ここ坐摩神社には 周辺の陶器問屋の守護神である陶器神社があるのです

坐摩神社 狛犬

右側に大江神社があり 柱の並びがきれいです

坐摩神社

本殿です 坐摩神社は 先の大戦末期の大阪大空襲で焼失しました
現在の社殿は 外観を先代に似せた鉄筋コンクリート造りです

坐摩神社 本殿

坐摩神社に行ったのは 1か月ほど前 鉢植えのアジサイが境内に展示してありました

坐摩神社 本殿

坐摩神社のご神紋は 鷺丸 ちょっと見ると白鶴か以前のJALのマークみたいですが サギなのです

御神紋の白鷺は坐摩神社古来のものであり、その由来は神功皇后が坐摩神の御教により、摂津の国・大江の岸の田蓑島(現在の天満橋付近)の松枝に白鷺の群がる所を選び、坐摩神を奉斎なされたというご由緒によります。

境内では 神紋にちなんで サギソウを栽培していました

そろそろ咲くころかしら

坐摩神社 サギソウ栽培中

境内にあるこのビルは 大阪府の神社庁で 社務所もここにあります

坐摩神社社務所 大阪府神社庁

境内に周辺の陶器問屋の守護神である陶器神社があります

陶器神社

夏祭りには 陶器の市が出ますよ
夏祭りは この週末 7月21.22.23日です

坐摩神社 ナツマツリポスター

裏手に回ると 地植えのアジサイが咲いていました
灯篭は陶器でした

坐摩神社 アジサイと灯篭

陶器神社だけあって 灯篭も陶器製のが幾つも寄進されていました

坐摩神社 灯篭

あちらこちらに アジサイが咲き 火鉢ではスイレンが咲いていました

スイレン

敷石は タイルに陶器の破片を埋め込んであり 呉須の藍色がアジサイの花びらのようでした

モザイクタイル

オフィス街のど真ん中のパワースポット 狭い道を隔てて隣には 真宗大谷派難波別院(南御堂)です

坐摩神社(いかすりじんじゃ)

所在地 大阪府大阪市中央区久太郎町四丁目渡辺3号

この住所表示 よ~~く見てください
普通 町名があって 丁目 番地となりますね
渡辺って何? ? ですね

これには長~~い歴史があるのです

これお読みになっている方で 渡辺さんっておられますか?

ここは全国の渡辺さん 渡辺党の発祥の地なのです 

渡辺町の由来

もともと坐摩神社 および渡辺一党は 天満橋のあたり 渡辺の津にいたのですが 太閤秀吉が大阪城を築城するさいに ここ船場に移転し 渡辺氏も地名もついてきたのです
明治以後もこの地は渡辺の名がついていたのですが 1988年(昭和63年)に旧南区・東区の統合に伴う地名変更の際、「渡辺町」は統合されて消える予定であったが、渡辺姓の末裔で作る「全国渡辺会」が渡辺の名のルーツである渡辺町の消滅に対し反対運動を起こした。結局市は苦肉の策により、丁目の次の街区番号に「渡辺」の名を残すことで決着をみたのです 

全国の渡辺さんは 一度はこの神社にお参りに来なくては・・ね
大阪にはもう一つ 渡辺氏ゆかりの橋 渡辺橋がありますよ


大きな地図で見る

いろいろと面白い歴史を持った古い神社ですので 随分と長くなってしまいました

最後までお読みいただき ありがとうございました

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カメラ機種名 XZ-1
撮影日時 2012/06/23

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Theme: 大阪 | Genre: 地域情報

コメント

NoTitle

福岡市の中心部にも渡辺通りというのがあります。
Wikipediaにも詳細は載ってませんが実はこの渡辺さんの先祖は博多を根城にした海賊だったとか。大阪から博多に移り住んだのかもしれませんね~。もちろん今でも市内有数の企業集団として生き残っています。海賊という出自は知られたくないのでしょうね~。

2012/07/20 (Fri) 02:37 | ミヤ #- | URL | 編集
渡辺氏の祖

渡辺綱、(渡辺氏の源流)
やはり各地に氏族が散らばったんですね~。しかし神功皇后との関わりの歴史はハテナ?かも。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E6%B0%8F

2012/07/20 (Fri) 03:23 | ミヤ #- | URL | 編集
ミヤさんへ

渡辺氏 全国に散らばっていますね 渡辺党は海運をよくしたそうですから 海賊も水軍も同じようなものだったのでしょう
大名家でも水軍だった 九鬼氏 毛利水軍の小早川家 などあります 村上水軍も確か源氏の流れとか・・・ 
神功皇后が三韓征伐に行く際の神託によってつくられたとされる神社は 西宮市の広田神社 大阪の住吉大社と ここ坐摩神社 
神功皇后自体の実在性も? ですので 歴史的観点からは?でも 古いことは確かですね

2012/07/20 (Fri) 08:36 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集
坐摩さん

阪神高速北行きの下は西横堀川でした。
川の東岸は材木町、西側は瀬戸物町で重量物運搬にこの川が利用されていた。
坐摩さん西門前に掛っていた橋は渡辺橋。堂島川に掛る渡辺橋とは別。
私は瀬戸物町で生まれ育ち、戦災で疎開したが、坐摩神社の氏子でした。瀬戸物神社は戦後私の父が尽力して建てたものです。父が奉納した狛犬さんの台座には二代目今井時之助の名が残っています。爺さんが瀬戸物屋を開き、親父が名を継いだのです。
ここを通り、南御堂の横を通って御堂筋東の小学校に通っていましたが、戦災で廃校になった小学校の同窓会が発足した時の同窓会長は坐摩神社宮司の渡邊清音さんでした。
戦前は官幣中社だった坐摩神社鳥居の目の前に難波別院の裏の石垣ががドンと座っています。
豊臣方について徳川のいうことを聞かなかった見せしめに神社の鼻先に仏教伽藍のお尻を向けた、と聞いていました。
   六さん


2012/07/20 (Fri) 21:41 | 六さん #- | URL | 編集
六さんへ

コメントありがとうございます 知らないことをいろいろと書いていただけて この記事に厚みが出ました 西横堀川だったのですか このあたりに高速道路が走り回る前 川が縦横に走ってましたね 国際ホテルのあたりにもあったのは覚えています 
陶器の町だったというのはこれを書くのに調べるまで知りませんでした 
狛犬さんの台座に確かに 奉納 2代目今井時之助 昭和34年11月と刻まれています
いまも瀬戸物のお仕事をされているのでしょうか 
私も以前に陶器を扱う仕事をしていたことがあり 瀬戸物市にも その頃関係のあった会社が出品するようです 
日曜日にちょっと行ってみようかなと思っています

2012/07/20 (Fri) 22:37 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

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