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奈良のならまち散策


前記事で奈良の元興寺をご紹介しましたが 今日は元興寺のあるならまちのごあんないです

奈良の「ならまち」は 中心市街地南部に位置する、歴史的町並みが残る地域の通称です
地名表示には ならまち 奈良町というのは存在しません
元興寺の旧境内にあたり 江戸時代からの古い商家などが狭い路地に立ち並んでいます

では 古都のなかの人の暮らしの見える町 ならまち散策です

奈良ホテルの駐車場出口から歩き始めました 風情のある細い道をなのです

格子窓のある町やのへいにこんな説明版が ありました

不審ケ辻子(ふしんがづし)町というんだそうです

不審ケ辻子町

何だかいわく因縁がありそうな町の名前ですね

では いわく因縁は 続きでどうぞ


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続きです

先ほどの説明版にはこんなことが書いてありました

読みやすいように書き直しますね 

不審ケ辻子町 ふしんがずしちょう 
その昔 夜になると元興寺の鐘楼に鬼が現れ 人に危害を加えるので道場というお坊さんがこれを退治しようと争い 逃げる鬼の後ろを追ったがこの辺りで見失ってしまったところから、不審ケ辻子と呼ぶようになった 奈良町座


なのだそうです 

辻というのは 十字状になった道をいう平安時代の言葉です 辻という文字は 日本で作られた国字です 中国にはない文字なのです
辻子(ずし)は 辻から派生した言葉で 小路 路地をいい 特に抜け道のない小道を辻子と読んだそうです

ちょっと怖いけれど 不振ケ辻子 風情のある名前ですね

イラストマップです ならまち散策マップをお借りしました クリックで大きくなります

ならまち散策マップ

右上の点線で印をつけたところが 不審ケ辻子です

辻を抜けたらこんなところに出ました

これは写真を写していなかったので googleからです

不審ケ辻子町

狭い路地の入口がありますね
ここをちゃんと覚えていなかったものだから 帰りは大変でした・・

写真の奥の方へまっすぐ歩いていき 信号を渡ってまっすぐ行くと元興寺なのです

この辺りは 奈良時代の平城京の区画のうち東部に突き出た外京と呼ばれていた場所で 神社仏閣の多い区域でした

都が平安京に移り 南都と呼ばれた宗教の町から町屋の並ぶ商業の街へと変わっていったのです

いちばん古い家の多い地域を歩きました

まず ならまちに行けばみんな写していますね 菊岡漢方薬局さんです

菊岡漢方薬

操業以来800年余り 菊岡家は平安時代から薬を扱っていたそうです
下の写真は 菊岡薬店のすぐ右隣りです

真ん中の石碑には 総本家きくおかと掘ってあります
左の道標には ←奈良町センター 格子の家  → 奈良町資料館 庚申堂とあります

菊岡家 道標

庚申堂へ行きましょう

この辺りまっすぐに道が通っていないのです 車も入れない道です
元興寺荒廃後家が建ち始めたのです そして道が付けられるのですが 元興寺金堂跡の土壇をさけて道路がついたため まっすぐではなく曲がっているのです

迷子になります

連子窓の町屋が続いています

ならまちは古い町で 路はまっすぐとおっていないし 道巾も狭いのです

火が出ても消防自動車が入れないところがあるのです
で 各家の前には 消防のバケツが置いてあります

町屋

家の前に何かぶら下がっていますね 漢方薬屋さんにもぶら下がっていましたね
これは 身代わり猿といって魔よけのお守りです この辺りの御家にはみなさがっていますよ

ここは豆腐料理や

豆腐こんどう

反対から見たら ここにも赤いバケツ見えていますね

とうふこんどう

むか~しむかし 20年近く前に来たときは 右隣はオリエント美術館でした
米やを営んでいた商家で オリエント美術など展示していた
米蔵を利用していて 喫茶もあり 中東の習慣なのか小さなガラスカップで紅茶が出てきました
香りの強い美味しいお茶だった たぶんアールグレイだったと思う

残念ながら もうなくなっていました

この時の写真 確かにあったのに見当たらない もちろんデジカメではなくプリントだ
この間からアルバム整理をしていたんので捨てたのかなぁ 奈良は捨てていないと思うのだけれど。

この日 奈良町資料館は空いていませんでした 庚申堂も夕方でもうしまっていました

奈良町を紹介するのにここの写真がなくてはお話にならないので 2005年5月の撮影ですが 使います

奈良町資料館です 吉祥堂
超特大の身代わり申が下がっています

奈良町資料館

ここは民間の個人がされている資料館で 昔なつかしい各種民具、仏像・看板・古銭・その他の美術品が展示されています
土日 祭日だけ開いています

隣が庚申堂です
ならまちの庚申信仰の青面金剛(しょうめんしんこう)像を祀っている小さなお堂です

ならまちでは 青面金剛の信仰が深く 使いである申(さる)のお守り「身代わり申」は魔除けとして町内各家の軒先に吊るされています
大きなのは大人 小さなのは子供 4人家族なら 立て並びに4つぶら下がっているのです

そして転出していく家族は ここ 庚申さんに身代わり申を収めていくのだそうです

庚申堂

屋根の上には 見ざる 言わざる 聞かざる 3猿がいます

三猿

民家の屋根の上には 鍾馗様が置いてありました これもお守りでしょうね
屋根の上に鍾馗様を載せる風習は 京都でも見ることが出来ますね

鍾馗の乗っている屋根

こちらの商家では ばったり床几がありました
床几というのは 折り畳みの簡便な椅子を指すのですが 縁台のこともいいます
そして 店先で商品を並べる台にも使われました
ここの商家には 不要の時は挙げて壁によになり いるときはおろして使うバッタリ床几が残っていました
これと同じものは伊丹の古い商家でも見たことがありました

ばったり床几のある商家

ならまちの狭い道を 以前に来たときは人力車が走っていましたが 今年は見ませんでした

これは2005年の写真

人力車

これは 元興寺郵便局 いつごろの建築かなぁ 近代建築ですね

郵便局

狭い道をくねくねと歩いているうちに 自分がどこにいるのかわからなくなってしまいました
いぜんにもきているし・・と 地図も持たずに歩いていたのです

夕食の予約の時間も迫ってきているので 通りかかったお家から出てこられたおじさんにお聞きしました
とっても親切に自転車なのに押して途中まで送ってくださいました

そして 不審ケ逗子町まで戻ってきたのですが あの細い道の入口を見落とし通り過ぎてまた戻ったりしてやっとホテルに帰り着くことが出来ました

ならまちの写真 2005年版 2012年版 合わせてアルバムに入れています
よかったらご覧ください
これよりももう一回り大きな写真です
スライドショーでご覧くださいね

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奈良町散策


これでならまち散策はおしまいです

次の日は 早朝の奈良公園に鹿を写しにいきました
どうぞ お楽しみに

当BLOGで使用している写真 動画の複製 無断使用 お持ち出しは ご遠慮くださいね


カメラ機種名 XZ-1
撮影日時 2012/05/13

カメラ機種名 Canon PowerShot A95
撮影日時 2005/05/08
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Theme: 京都・奈良 | Genre: 旅行

コメント

感想

格子戸のある風景、落ち着きおますね~。
ふと疑問が。海のない奈良になぜ住吉神社が?
住吉神社(住吉三神)は水や海を祀る神社なのに。
都に作った営業所なのかな~。(笑)

2012/06/23 (Sat) 07:09 | ミヤ #- | URL | 編集
ミヤさんへ

コメント ありがとうございます
京都とはまたちがった町の雰囲気です 雑貨屋がいくつかありました
住吉神社 ありましたか? アルバムに入れてあるのは御霊神社でこの神社は全国にあります
住吉神社といえば 大阪ですね 

2012/06/23 (Sat) 07:30 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

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