奈良町の元興寺


中断していたなら旅行続きです

今回は 奈良の古い古いお寺 元興寺(がんごうじ)へご案内します

奈良市の猿沢の池の近くにならまちと呼ばれている一角が有ります
そこにあるのです

大きな屋根がとっても美しいお堂 元興寺極楽堂です

極楽堂

奈良町へは3度目なのですが 元興寺は初めてなのです

何度も奈良に行きながら行ってていなかったのです

で今回はならまちを散策するよりもまず一番に元興寺に行きました

では 続きでどうぞ


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続きです

まず 位置関係です

町の案内板です

町案内図

奈良ホテルの駐車場から出て ゆっくりと歩いて10分ぐらいで付きました

元興寺は 古いお寺なのです

仏教が伝来したのは 西暦552年 といわれています
元興寺縁起には 538年となっています まぁ そのあたりなのです
538年(宣化天皇3年)に、百済の聖明王が、釈迦仏像や経論などを朝廷に贈り、仏教が公伝されたのです
私たちは 仏教伝来552年 仏教ここに伝わるなんて習いましたが諸説あるのですね
 
ちなみに 大正生まれのは母は「仏教伝来オイチニ オイチニ」って覚えたそうです 皇紀1212年(西暦552年)

仏教は伝わってきたけれど 最初から すんなりと受け入れらたわけでなく 仏教受入れに賛成の進歩派の曽我氏 保守派で絶対反対の物部氏との間に対立が起こるのです

567年 曽我氏は 娘婿にあたる厩戸王(のちの聖徳太子)とともに軍をおこし廃仏派の物部守屋を打ち破り 日本は仏教を受け入れたのです

10年ほど前にもっくん(元木雅弘)が聖徳太子役でドラマをNHKでしたのを見ましたが クーデターを起こしたのですね

そして 588年 飛鳥に法興寺(飛鳥寺)を立てるのです

710年 都が飛鳥から奈良に移りました 平城遷都ですね
で 法興寺も平城に写したのです そして寺名を元興寺と改めたのです

この日の朝に行ってきた法隆寺も古いお寺ですが 607年創建と伝えられています
ですから 一番古いお寺は元興寺なのです

最初の寺を建てるのですが わからないことだらけですよね
それで 百済の国王の全面的な協力を得るのです
仏舎利をもらい 僧 寺大工 瓦博士なっを派遣してくれたんだそうです
それまでの建築には 瓦はなくて 木の板や藁で屋根をふいていたのです
飛鳥寺を建設時に瓦博士が焼いた瓦が日本初の瓦だったということですね
飛鳥から奈良に移す時にも その瓦はちゃんと持ってきて 今も屋根に使われているのです

説明はこれぐらいにして では どうぞ お参りやして

お堂の前から入ってきた門を眺めています 東門です 県の重要文化財指定を受けています

門

前庭の片隅に古い石仏が並んでいました 肘塚石造群です

肘塚石造群

国宝 極楽堂です 内部拝観できます

極楽堂

元興寺は もともとは 今の広さの何倍もある境内に伽藍が並んでいたのです

猿沢池をはさんで北の興福寺、南の元興寺と平城京左京(外京)の台地に広大な寺地と伽藍を有していました
平安遷都後も、この外京と東大寺、春日社一帯は南都の中心地でした

お堂の横手に回りますと 石仏がずらりと並んでいます

石仏と極楽堂 禅室

古き仏たちは みな 僧坊を向いてたてられています

元興寺石仏群

このようにずらりと仏様を並べてあるのです 浮図田(ふとでん)というそうです
浮図田とは、石塔・石仏(浮図)類を田圃のごとく並べた中世の供養形態を示しています

8月の地蔵盆には 極楽堂で供養が行われ 浮図田には 燈明がともるのです
今年行ってみようかな・・

元興寺 浮図田(ふとでん)


今は建物は 極楽堂と禅堂 2棟だけしかこっていませんが もともとこの場所は お坊さんの居住区で 僧坊がずらりと並んでいたのです

都が奈良から京都 平安京に移り 仏教も変貌していきました
元興寺も時代が下がるにつれ勢いをなくしていったこともあったのです

戦や大火にも負けずに残ったのがこの建物だったのです

元の寺領は 東大寺の半分 興福寺の2倍あった 大和2番目の寺だったのです

いまは この極楽堂のある奈良市中院町所在の真言律宗 元興寺と 塔のあった場所 奈良市芝新屋町にももう一つ華厳宗 元興寺があるのです
100mぐらい離れているでしょうか 今は 塔はなく塔跡と碑が立っているだけです

いまは ただ元興寺といえば 極楽堂のあるこちらの元興寺を指しているのです

ぐるりと回って 僧坊の北側にでました

国宝禅室 僧坊です

元興寺旧伽藍の東室南階大房(僧坊)遺構、四房(室)分 切妻作り
内部は 非公開でした

禅室

くるりと反対側を向いて・・
極楽堂

極楽堂北面

古い屋根瓦です 天平よりも古い白鳳の甍です
丸瓦を重ねて拭き 縦の線を強調して 平瓦を積み上げて斜めの線が際立っていますね
行儀ぶきというそうです

極楽堂屋根

この北側には カエルの形をした大きな石があるのです

その石は もともと河内にあったものを秀吉が気に入り 大阪城に運んだということです
秀吉や淀殿の個とも医師は見ていたのです

落城後 いろいろありまして 昭和31年からここ極楽堂に来て成仏して極楽ガエルになったのだそうです

お話だけで写真は なし ごめん 写していませ~~ん

近くにあったこちらが気になって・・・

なんだ?

この石像は なんでしょうね あまのじゃくかな?

ほかにも木の下には石造物がありました 赤い実は 万両?

樹の下の石仏 赤い実

オガタマも咲いていました
そういえば 初めてオガタマノキの花を見たのは 奈良町だった
写真整理をしていて 名前のわからない花ストックに奈良町で8年前に写した写真が入っていたわ

オガタマの木

春は桜が咲き 夏は キキョウ サルスベリ 秋は ヒガンバナ ハギ 冬は ウメ ロウバイ

四季折々に花が楽しめそうです

今度はいつ来ようかな やはり地蔵盆がいいですね

収蔵庫にも入っていろいろとみているうちに時間が過ぎ いつの間にか閉門時間になりました

元興寺東門

このあと 奈良町を少し歩きましたが それはこの次に・・

今日はここまで 最後までお読みいただいてありがとうございました


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カメラ機種名 OLYMPUS XZ-1
撮影日時 2012/05/13
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Theme: 京都・奈良 | Genre: 旅行

コメント

NoTitle

実は私も3回、奈良に行っててまだ元興寺には行ってないんです(汗)
ここだけでも見応えありそうですよね。
次回は必ず行ってみたい、と思いました。

2012/06/18 (Mon) 19:02 | さくら #- | URL | 編集
さくらさんへ

元興寺へはまだでしたか 私も奈良町へは何度か言っていますが 元興寺ははじめてでした 初めて奈良町にいったのは20年近く前で 今のように観光客もあまりいませんでした オフ会でも奈良町に行きましたが この時もスルーでした この次はぜひ行かれるといいですよ 私は極楽堂だけですがもう一つの元興寺もいらしてね

2012/06/19 (Tue) 01:02 | TOSSY #mXJ0wlpU | URL | 編集

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