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ステンドグラスが素敵な萬翠荘 その2

松山のロマンティックな洋館 萬翠荘 その2ですこの邸宅 萬翠荘は、大正11年(1922年)旧松山藩主の子孫にあたる久松 定謨(ひさまつ さだこと)伯爵が、別邸として建設したものです。総面積887.58m²(268坪)の地下1階、地上3階、愛媛県で最も古い鉄筋コンクリート造りです陸軍駐在武官としてフランス生活が長かった伯爵の好んだ純フランス風の建物は 当時松山での最高の社交の場として皇族方も松山に来られた折には必ず立ち...

大正ロマンの香り漂う洋館 萬翠荘

松山城を後にして 次は 城を出た殿様の子孫の久松伯爵が別邸として建てられたフランス・ルネサンス様式の洋館 「萬翠荘」へ行きましたガイドの方に聞いたら お城のちょっとした 坂の上の雲ミュージアムの奥ということでしたロープウエイで下山して ロープウエイ街を下っていきましたどこかに右(西)へ入っていく道がないだろうかと 歩いたのですが ないのですね路面電車の走っていた大通りまででて 降りてきた道の一本西...

松山城その3 天守からの眺め

伊予松山城 いよいよ 天守閣へ上がりますこの大天守が建てられたのは 徳川末期 ペリーの黒船襲来の翌年です天明4年(1784)天守落雷で焼失 文政3年(1820)から再建工事に着手し、35年の歳月を経て安政元年(1854)に復興しましたその時の城主は 松平勝善公です現存12天守の中では、唯一、親藩(松平氏)が建築し、「丸に三つ葉葵」(通称:葵の御紋)が付された城郭となっています【親藩】とは江戸時代、尾張・紀伊・水戸...

伊予松山城 その2 

伊予松山城 いよいよ本丸にやってきました松山城の本丸は細長いです上の写真は 下の図の本丸の文字の右上の星印のところから写したのです石垣のヘリすれすれまで進めたらもっと石垣がうまく写せたのですが 危ないので柵があって 入れませんでした背後に 太鼓櫓がありました石垣の下は切り立った崖になっていて ちょっとよじ登ってこれそうもないですねそしてリアス式海岸みたいにギザギザ 屏風折れです一番手前の櫓は 馬具...

坂の上の伊予松山城 その1

♪ 呉から船に乗って 松山についた~~  ここは 城下町 マドンナがいるよ  「長崎から船に乗って・・・・・」 のメロディーで歌ってねいよいよ お城に行きますランチをした伊予鉄ビルのすぐ横から城への坂道が続いていますそこを登っていくのです左の石碑は JR駅前にあったものです「春や昔 十五万石の 城下町」   正岡子規「春や昔」は 司馬遼の「坂の上の雲」の第一章のタイトルに使われていますロープウエイ...

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