デジカメ散歩日記

どこに行くにも デジカメがお供 お花を写しに行ったり お寺だったり 近所のお散歩も・・そんな身近な写真です
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ヒガンバナの撮影を一通り終えた後 一言主神社にお参りをしました

この神社は 葛城一言主神社ともいい 延喜式神名帳には 名神大社(霊験があらたな社)として記されています

祭神の一言主神は「悪事(まがごと)も一言、善事(よごと)も一言、言い離(はな)つ神」であるという託宣の神ということから、願い事を一言のみ叶えてくれると信仰を集めて「いちごん(じ)さん」と呼ばれ親しまれているとのことです

古代 このあたりには 天皇家と並ぶ勢力を持った大豪族 葛城氏の本拠地でした
古事記には 一言主の神が雄略天皇の前に現れたと記されています
古代の大和の国葛城は 今は 葛城市と御所市に分かれています
一言主神社は 御所市森脇にあります

地図です
位置関係がわかるように広域にしてありますが 左上の+マークで詳細図になります


拡大地図を表示

では お参りに行きましょう

参堂です 突き当たりに石段があります

参道


神社石柱  石段 石段を登る子供


拝殿です なかなか立派な建物ですね

これは 拝殿と言うことは どこかに本殿があるのでしょうか

拝殿1

拝殿2


境内には 大銀杏がご神木として祭られています
保護樹で 樹高20m 樹齢1200年とか
右奥に見えているのは 社務所です

乳銀杏1


乳房を連想させる気根がたくさんぶら下がっているので 乳銀杏と呼ばれ 健康な子供を授かり 又 お乳の出がよくなるといわれ信仰を集めています

乳銀杏2


境内には 謡曲「土蜘蛛」に歌われている土蜘蛛を祭った 蜘蛛塚があります
蜘蛛塚の右手には なんともユーモラスなほっこりとした気持ちにさせてくれる至福の像がありました

土蜘蛛塚 至福の像


近畿自然歩道標識このあたりは 古代史の舞台です

今回は ここだけで この後 ほかの地に移動しましたが のんびりと葛城古道を歩いてみるのもいいですね
ただ 電車で行くとなるとアクセスが あまりよくないです

今日も本来は九品寺ちかくに行く予定だったのですが ヒガンバナは 咲いていないようでしたので こちらになりました
お参りが主ではなくて 花が主になる不埒な参詣者です



こちらに 葛城古道付近の絵地図があります

一言だけ 願いをかなえて下さる神さんです
以前に中国地方の観音霊場めぐりをしたときにも ひとつだけ聞いてくださるお地蔵様だったかがありました
あんまり欲張って いろいろなことを御願いしたらいけないのですね

私は いつも御願いすることは ひとつ
姉妹や家族が健康で過ごせますように と言うことだけです

このあと 私たち仲間会は コスモスの咲く安倍文殊院へと向かいました


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カメラ機種 Canon EOS Kiss Digital X
撮影日時 2007/09/24
レンズ TAMRON AF 18-200






 
   
   
 
お彼岸の連休に 奈良県御所市の田んぼのあぜに咲く彼岸花を写しに行きました

ネットで知り合った 写真好きの仲間たちとのオフ会です
大阪 京都 奈良から 総勢8名が参加しました

私は 大阪組 大阪駅前に集合して 車で一路奈良を目指します

行き先は 一言主神社そばの 田んぼ
ここにはもう 京都 奈良組が来ていました

道が新しくできたので早いですよ〜〜
9時に大阪駅を出て 最初の写真は 9:41に写しています

ヒガンバナ1


お目当てのヒガンバナ 咲き始めていました

向こうで野焼きをしています 失礼して 田んぼのあぜに突入

野焼き


カメラマン連休中とあって 日曜カメラマンが多かったです 大きな三脚を持ってきています
私はこの日は 三脚は なし
ストックのような一脚のような そんな一脚を持っていきました

   あぜ道




スライドショーにしていますので みてくださいね

      

田んぼのあぜ道には ヒガンバナのほかにも小さな他の花がさいていました

イボクサ ノギク キツネノマゴ ?

エノコログサ アキノノゲシ


バッタ君が いました

バッタ


この田んぼの少し高台には 一言主神社があります

ここのことは次回ご案内しますが 境内から したの田んぼを写してみました

こんな風景のところでした
土手の横で写していましたが この土手がため池の土手と気がつきませんでした

ため池


銀杏の枝は 神社の樹齢1200年の大銀杏の枝です

ずいぶんと早くからこの日のオフ会は決まっていたので ヒガンバナが咲くかどうか 気をもみましたが うまくちょうど咲いてくれました
昨年は もっと豪勢に咲いていたそうです

お天気がいまひとつでしたから きれいな色の絵にならなかったのが残念です

このあと 私は 石段を登って 一言主神社におまいりしてきました 

いつもの愉快な仲間たちとの楽しい撮影会は まだ続きます

それでは また次回ね


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カメラ機種 Canon EOS Kiss Digital X
撮影日時 2007/09/24
レンズ TAMRON AF 18-200





 
   
   
 
9月25日は 旧暦の8月15日 中秋です
この日の月は 1年中で一番の主役になれる日で 中秋の名月とか 芋名月と呼ばれています

所が今年は 15日(旧暦)が満月ではなかったのですよ
そんなことって多いようです

というわけで実際の満月は 27日未明 とのことですので 26日の夜遅くに月を写して遊びました

実際に目で見えるのは こんな感じですね
周りに雲もなにも無い月は なんて無愛想

満月1


あばただらけの素顔を見てみましょう

私のレンズは 200mm 月を写すには 長さが足りません
トリミングをしました

私は 月のあばたを写すのは あまりすきでもないのです
でも 皆さんが写しておられるのをみて 私のレンズでもいけるかなと写してみました

満月2


うす雲が出てきました

うす雲と月 うまく絵になるかしら

月と雲1


雲から出てきた月は 青いゴーストをつれていました 

月と雲2


レンズの中で 光が屈折して像を結んだのでしょうか
蒼い影をつれた 満月です
もちろん実際には 空に蒼い月が出ていたはずは無いですよ

月よ雲


今日は 私の写真としては 異色の天体写真です

本式にうつすには このレンズでは なんともしようが無いですが 遊びですから これでも OKということにしておきましょう


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カメラ機種 Canon EOS Kiss Digital X
撮影日時 2007/09/26
レンズ TAMRON AF 18-200





 
   
   
 
南北バスは 有馬温泉の方面にも走っています

けれども 試験運行だからか 有馬温泉のひとつ手前の新有馬というところまでしかいっていないのです
ここから有馬温泉までは 歩いて15分ぐらいです

バスを降りて 蒸し暑い中歩き始めたら 雨が降ってきました
有馬川沿いの1m幅ぐらいの狭い遊歩道を歩いたのですが 有馬温泉の太閤橋についたころは本降り

しばらく 神鉄有馬温泉駅で 雨宿りです

ここで 有馬温泉のことを少しご紹介しますね
有馬温泉は 南紀白浜や四国の道後温泉とともに 日本三古湯に数えられています

有馬温泉HPによると

有馬温泉の守護神として名高い湯泉神社の縁起によれば、泉源を最初に発見したのは、神代の昔、大已貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)の二柱の神であったと記されています。この二神が有馬を訪れた時、三羽の傷ついたカラスが水たまりで水浴していました、ところが数日でその傷が治っており、その水たまりが温泉であったと伝えられています。



前回の記事でご紹介しましたが 高徳天皇は有馬で2ヶ月以上も滞在され そのとき ここ有馬で皇子も生まれました
で 皇子の名前は 有馬の皇子となりました 

町には 絵看板が設置してあって 湯めぐりを楽しむ人でにぎわっています

有馬温泉案内看板


また 有馬温泉といえば 太閤秀吉が何度も湯治に来ている湯としても有名です
記録によると10回は来ているようで 滞在用の屋敷もあったのです
いま その屋敷跡は 太閤の湯殿館となり 出土した状態での展示もされています

神鉄有馬温泉駅近くのゆけむり広場に 太閤秀吉の銅像がありましたよ
対岸には ねね像があります

秀吉像 ねね像


真ん中を流れている川は有馬川 架かっている橋は 太閤橋
ねね橋から写しています

有馬川


温泉地といえば おみやげ物屋さんですね 
有馬のお土産といえば炭酸せんべい 
今は五穀せんべいとかクリームサンドになったものとかいろいろありますね



ここはバスターミナルの向かい側です
右上にお寺の山門が見えていますね 善福寺です 僧行基が開基しました
樹齢200年を超えるしだれ桜が有名です

おみやげ物屋


最近は日帰り入浴が盛んですね
有馬には昔から公共の温泉がありました
神戸市営の温泉会館 公衆浴場と変わらないお値段で 天下の有馬の湯を楽しめました

数年前に 施設をまったく新しく作り直し 公共の外湯「金の湯」「銀の湯」としてリニューアルオープンしました
温泉ブームに乗り 今も大人気です

ティータイム雨も上がってきました お気に入りの喫茶店でコーヒーをいただいてから バスにのって帰りました

帰りは もう 南北バスではありません
また歩いていくのはいやですし 時間がかかります
有馬温泉からは 阪急バスが芦有道路を通って芦屋まで走っているのです

芦有道路は芦屋と有馬を結ぶ山越えの有料道路です
30分少しで芦屋まで戻れます

途中 奥池というところがあるのですが ここは関西在住の有名人が住んでいるのですよ
有料道路を使わないと どこにもいけない高級住宅地です


有馬のマンホールぐるりとバスで一回りしてきました
電車とバス 合わせて 本日の交通費は 2300円弱
青春18切符と同じ値段ですね
バスって結構高いですね

でも 路線バスを乗り継いでの小さな小さな旅 面白かったです 
またしてみようと思いました

最後に有馬のマンホールです
六甲山上からのロープウェイと紅葉 川の絵柄です
有馬は紅葉の名所です



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撮影日時 2007/09/15
レンズ TAMRON AF 18-200









 
   
   
 
続きです

南北バスで 山口町名来北で降りて 隣接する三田市の田んぼの稲刈りを見て お昼になったので食事をしてから またバスに乗り 昔からある山口地区に戻りました
地図です
広域を見るのは 地図左上の −のマークをクリックして切り替えてくださいね


拡大地図を表示

下山口でバスを降り さてどこに行こうかなと前を見たら 地区のセンターがありました
開いていたので ちょっと中に入れていただきました

中には年配の方が二人おられましたので 「公智神社に行きたいのですが どう行けばいいですか?」と お尋ねしました

道を教えていただき 10月のお祭りにはだんじりが出るので 見に来たら良いよって教えていただきました

ほかにどこかいいところありますかと聞いたのですが お寺は普段は開いていないそうです

明治橋で有馬川をわたって 古い地区に入りました

公智神社(くちじんじゃ)は 広田神社と同じく平安時代の延喜式神名帳に名前の載っている神社 式内社です

延喜式がまとめられた10世紀初頭には朝廷から官社として認識されていた神社ということです 由緒がある神社なのです
民家古い大きな家の続く道を歩いていきました
家には こんな家紋が入っていました


御旅所しばらく歩くと こんな石碑が目に付きました
公園のような一角に立っています
「孝徳天皇行在所跡」と彫ってあります

神社由来によると

大化三年(西暦六四七年)冬、孝徳天皇が有馬温泉に行幸せられた際、御滞在の行宮造営の御用材を当神社地よりお採りになり、その良好なことを喜ばれ「功地山」(功ある山の意)の山名を賜わり、当社を厚く崇敬祈願されました


と書いてありました
大化というと大化の改新(645) その2年後ですよ
孝徳天皇は改新で天皇になった軽の皇子ですね
そのころから 有馬温泉は 天皇が都から来るほどの温泉だったのですね



この横手が 参道になっていました 宮前通りと標識がありました
 
参堂


鳥居が見えてきました 奥に本殿が 見えていますね もうすぐです

鳥居


道路から見た社殿です

公知神社1


本殿です 
えぇ〜 コンクリート製と思いましたが これは本殿覆い
中に江戸時代末期の 木造流造檜皮葺です。

本殿1


本殿2


狛犬さんです
クリックすると大きくなります 左奥に見えているのは 神輿殿です

狛犬1 狛犬2


西宮市指定文化財の公智神社旧神輿殿は、室町時代末期の建築と推定されています。
神仏習合時代の様式を伝える貴重な建物です。
神輿殿は 元は釈迦堂と呼ばれていたが 明治以後神輿殿と呼ばれるようになりました

旧神輿殿1  旧神輿殿2


旧神輿殿3


山口地区は かっては竹細工が盛んで 有馬温泉の土産としても 売られていました
私も 子供のころにきれいな有馬篭を持っていた記憶があります

もう20年以上前ですが 篭がほしくて土産物屋で探してもありませんでした 
聞けば そのころでももう作る人がいなくて 売っていないと言われ 非売品のものを見せてもらったことがありました

有馬篭を作って生計を立てていた村人たちが 竹かごの神様を祭ったのが 塩津神社です

塩津神社 塩津神社由来


ほかにも お稲荷さんも祭ってありました

公智神社の秋祭りには だんじり(山車)が出ます
下山口(大・小)・上山口(大・小)・金仙寺・中野・名来各地区総勢7台のだんじりが 村中の道を行くのです
土地のかたによると 「うちのだんじりは 京都のだんじりやよってに走らへんのや」 そうです

例祭(秋祭り)7日午前11時 例祭 同午後1時 神幸祭 同午後3時頃宮入り です

せっかく直通バスが走っている期間にあるのだから行ってみようかなと思っています
お祭りのときは 車で行ってもとめておくところなんか無いのですよ


このあと 違う道を歩いて 山口支所前まで行って 有馬方面行きの南北バスに乗りました

途中で見つけたかわいい風景です 
どうも保育所のようですね とっても メルヘンティック

保育所


続きは またこの次に・・


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撮影日時 2007/09/15
レンズ TAMRON AF 18-200



 
   
   
 
わが西宮市は 南北に長い市です 真ん中には六甲山が横たわっています
南北をつなぐ道は 以前は 峠超えの山道 または 宝塚市を通っていく迂回路しか有りませんでした
トンネルができて 便利になり 北部も開発され新興住宅地がいくつもあります

でも 南部と北部をつなぐ公共交通機関は ないのです
トンネルの道は有料道路 マイカー利用でも 大変なのですよ
以前から 北部の住民から 南北にバスを通してほしいという要請があったのですが 今度 バスの試験運行が 始まりました

さっそく乗ってきました

阪急西宮北口→JR西宮→JRさくら夙川→阪急夙川とバスは走り 私の好きな北山緑化植物園にもとまって トンネルを抜けていきます

バスは2系統
西宮市山口町間では同じなのですが そこから有馬に行くコースと 住宅地の一番北の端まで行くコースです

とりあえず 一番北 山口町名来(ならい)というところまで乗りました
ここまでで約1時間 運賃 なんと ¥820 同じ市内なのに・・
緑の矢印のところまで乗りました


拡大地図を表示

地図を見ていただいたらわかると思いますが やたらとゴルフ場が多いところです

名来北というバス停で降りると 少し北側には田んぼが広がっています
黄色く色づいた稲穂が見えます

おや 稲刈りをしています

画像1


これ コンバインというのだっけ?

画像2


刈り取られた後を カラスが せっせとついばんでいます

カラス


おじいさんが一休みをしていました
田んぼの隅っこのところは 鎌で刈っていましたよ

休憩


ススキも 穂を出していました
これで彼岸花でも咲いていれば 言うことないのだけれど・・ 咲いてな〜い

画像3

露草と これは アキノゲシかな?

露草 アキノゲシ?


この田んぼのあるところは 西宮市ではなく 三田市でした
地図の緑の矢印のすぐ上に薄いグレーの線がありますが それが市境です

ちょうどお昼になりました 176号線沿いの すぐ近くに王将があったので そこですることにしました

おなかもいっぱいになりましたので またバスに乗って 少し戻ることにしました
今度は山口町の昔からの集落を歩いて見ましょう

続きは この次ね

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撮影日時 2007/09/15
レンズ TAMRON AF 18-200




 
   
   
 
今日は 法隆寺とともにわが国で最初に世界遺産に認定された姫路城のご案内です

赤穂の帰りに姫路で途中下車して行ってきました

新幹線でも JR山陽本線でも 姫路駅に降り立つと北側に天守閣が見えます

地図です


拡大地図を表示
歩いて15分ぐらいですが 真夏の昼下がり 歩くのはちょっときついのでタクシーで GO

桜門橋を渡って 公園内に入ります

桜門橋


姫路城は 播磨の守護職赤松氏がここにとりでを構えたのが始まりで その後小寺氏 黒田氏と続きます
黒田官兵衛のとき 羽柴秀吉が 西国攻略の拠点として入城し 3層の天守閣を築きました。
その後 羽柴秀吉 木下家定と続き 関が原の戦のあと 家康の娘婿池田輝政(52万石)が入封し 1601年から8年の歳月をかけて城域を拡張し 姫山に5層7階の天守を築きました。

菱の門です 
櫓(やぐら)門と呼ばれる形式で 城内で一番大きな門です

菱の門


門をくぐると 右手に三国濠があります
天守閣が見えます 美しいです 
左から 乾小天守 西小天守 大天守とつらなっています
白壁の美しい姫路城は 別名白鷺城とも呼ばれています

菱の門から見た天守閣


大天守の白壁が 小天守より少し汚れているように見えますね
来年 壁を塗りなおす予定だそうです
工事になると お城の姿 しばらく見えなくなりますから 姫路城に行かれる予定の方 急いだほうがいいですよ

ここで 左手に行くと西の丸 千姫の御殿のあったところに行きます
直進すると 天守閣コース

私たちは 天守閣へと向かいました
いろはと順に名をつけられた門をくぐって進みました
いの門と ろの門です

いの門 ろの門


天守への道は平坦ではないのです
ここは御殿ではなく 戦の際には最後の砦になる城郭なのです
あがったり下がったり 曲がったり 迷路のように進みます

姉と妹は途中で暑いからもういいといって木陰で休んでいました
二人とも何度か姫路城には来ているので 無理して熱中症になりかねない暑さの中で歩くのは ごめんというわけです

私も 昔 来ていますが 千姫の長局を歩いたことと お菊井戸 腹切丸ぐらいしか覚えていないのです
それで とりあえずざ〜と 見て回ることにして歩き始めました

いくつもの門をくぐり天守のぼり口にたどり着きました
靴を脱いでスリッパに履き替えて上るのですが もうきつい階段を上がる元気がありませんでした 
それで Uターンして ぐるりと回って また菱の門まで戻ってきました

考えてみれば この日は午前中は 赤穂の町と城跡を歩いているのです
35度近くある中 そんなに歩いていると冗談抜きに熱中症ですよ

姫路城は大きな木もあり木陰も多く 世界遺産にふさわしい 見事な城郭公園でした

この城は 築城以来 長い歴史の中で 一度も戦や大きな災害にあうこともなく,奇跡的に生き残り 
壮麗な連立式の天守閣をはじめ数多くの建物が建設当時の美しい姿を 私たちにみせてくれています

この先も いつまでも 大事に残して行きたいものです

アルバムです 写真をクリックで 別窓で開きます

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姫路城
 


世界文化遺産 姫路城 お楽しみいただけましたでしょうか
季節のいい頃にまた行ってみようと思っています

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撮影日時 2007/08/19
レンズ TAMRON AF 18-200


 
   
   
 
赤穂散歩 今日は町歩きです
そこここに残っている古い城下町の風情などをご紹介します

わたしは JRで 播州赤穂間で行きましたが 駅からもう忠臣蔵 ですよ
改札を出て 海の方向 すなわちお城の方を向けばこの大きな字が目に入りますよ

駅 忠臣蔵


スライドショーにしてみました ご覧下さいね
一時停止は ll のマーククリックでできます




古い町のご他聞にもれず 店じまいをした商店もありましたが 地元の大学(関西福祉大)の学生たちが街づくりプロジェクトに参加して 浴衣姿で 農産物などいろいろ売っていたのが元気でかわいかったです

写真を写していないのです
関西福祉大 聞いたことがある学校だなぁと 思っていたのですが 中学高校と同じだった同窓生が 確か 赤穂で教鞭をとっているといっていたのを思い出しました
この大学でした

地方都市はどこも財政的にも大変なところが多いと聞いていますが 若い力も取り込むといいですね

赤穂市は 観光PRが下手ですね
忠臣蔵だけに頼りすぎていると思います
市のHPも 観光にあまり寄与しているようでもないです
桜のときに 赤穂御崎へいこうといろいろ調べたのですが わかりやすいページがなくて
いろいろなサイトを調べてやっとバスの駅とか食事をどこで取ろうとか決めてでかけました

今回も赤穂御崎に泊まって 海の魅力たっぷり味わってきました
泊まったのは 簡保の宿 「保養センター」です

保養センター 保養センターロビー


お食事もよかったです 満足でした
夕食は お魚尽くし 鯛の姿もりに鯛寿司 瀬戸内のはもを使ったはもすき 豪華でしょ
写真は小さく表示していますが クリックでおおきくなりますよ

朝食はバイキング 種類が多くてこれまたびっくり
いっぱい選んでしまいました 朝からこれだけ完食 ダイエットなど ぶっ飛びです

かんぽの宿 赤穂 夕食 かんぽの宿 赤穂 朝食



日生貴之さんわたしたちの夏合宿は 毎年コンサートつきで企画されています
今回は 赤穂在住のトロンボーン奏者 日生貴之さんの演奏とお話でした
トロンボーンは オーケストラの一セクションとして聞くことがほとんどで ソロ演奏は新鮮な感動を覚えました

絵の発表本来は スケッチの合宿ですから 描いた絵の発表 市山先生による講評があります
わたしは写真ですから 発表はなしです


坂越から赤穂 7回にわたってご案内してきた赤穂への夏の旅
これで一応おしまいです

わたしたち3姉妹はこの後姫路城に行ってきました
次回は 世界遺産 姫路城をご案内します

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撮影日時 2007/08/19
レンズ TAMRON AF 18-200







 
   
   
 
赤穂散歩 2日目は 赤穂城です

故障で入院していたわたしのデスクトップ 帰ってきました
これで また 更新ができます

赤穂の城は 赤穂浅野家の藩祖浅野長直が 慶安元年(1648年)から13年かけて築城されました

背後に海を控えて 千種川の河口に築かれた平城です
甲州流の軍学者 山鹿素行の手も入っているといわれています
浅野家断絶後は、永井家、森家の藩主の居城となりました。

明治になり廃藩により城は取り壊され 石垣の石もほかの工事に転用されたりしていましたが 整備が進められ 昭和30年に大手門や隅櫓を復元 本丸門が平成8年に復元されました
今も 順次整備を進められています

大手門です
毎年12月14日に行われる義士祭りでは この門をくぐって義士たちの行列する姿が TVnewsで流れます

大手門


大手門と隅櫓です
復元といえ 2層式の美しいやぐらです

大手門と隅櫓


大手門をくぐって中に入ります
中から見た景色です この大手門のあるあたりは 三の丸と呼ばれている部分です

大手門から城外を見る 大手門ないから見た隅櫓


城内には 大手門から本丸に行く途中に 家老大石良雄邸もありました
いま 残っているのは 長屋門だけですが 当時のものです
内蔵助が毎日通った門です

大石邸長屋門正面


大石邸の案内板 大石邸 長屋門


ほかにも 近藤源八邸の長屋門の長屋部分の一部が残されています
近藤源八は 千石取りの藩の重職にあり 大石とも姻戚関係でしたが 討ち入りには加わっていませんでした

この長屋は 下級武士の住まいにされていましたが 後年立て替えられています
それでも江戸期の下級武士の生活ぶりがわかりますね

写真クリックでもっと大きくなります

源八長屋


本丸部分は 門も復元され 内部は石畳で間取りがわかるようになった史跡公園です
堀は水草で緑になり 一見したところ地面のように見えます
あわてんぼうさんが間違ったら行けないから立て札がありました
ここは水が入っています 地面ではありませんって

本の丸門 石垣と堀


この門を入ると本丸御殿です
築城された当時は このように真っ白できれいだったのでしょうね

門


石畳で 建物の間取りがわかるように復元してあります
笹山城も同じ方式でしたよ

歩きながらいろいろと想像できます

石畳の間取り


天主台です ここは最初から 天守閣はありませんでした
世の中が落ち着いてきてからの築城でしたので 天守閣が作れなかったのでしょうか
これもまた 篠山城と同じですね

天主台 本丸庭園


二の丸のあった辺りは今もまだ整備中です
城内がきちんと整備されたら よい史跡公園になると思います

大石邸のあったところは 今は 大石神社になっています
大正元年 大石内蔵助良雄はじめ四十七士と萱野三平を合祀して創建されました
義士宝物殿が あります

大石神社 鳥居 大石神社


赤穂城跡をご案内しました



非常に暑い日で 外を歩くのは大変でした
大手門の前の蕎麦屋さんにお昼の予約を入れていたので あまりゆっくりとできなくて駆け足の見物になりました
まぁ 時間があっても 屋根のない戸外の史跡は真夏に行くものではありませんね
秋とか 冬に行かれるといいですよ

毎年12月14日には 義士祭が 行われ 大手門からお城どおり そして播州赤穂駅へと 義士に瀕した市民の行列が町を歩きます
今年で義士祭は 104回目になるそうです

赤穂の城跡 アルバムにまとめています アルバムは こちら
よろしかったら スライドショーでご覧くださいね


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夏休みに行った兵庫県赤穂のご案内です

赤穂といえば 忠臣蔵 それ以外あるのは海だけといってもいい忠臣蔵オンリーの町です

まず 四十七士のお墓のある花岳寺におまいりしましょう

JR播州赤穂駅からのMAPです


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花岳寺は 浅野長直公が常陸笠間から赤穂に所替えになったとき、浅野家の菩提寺として建てられました。
赤穂藩歴代藩主の菩提寺であり 四十七士の墓には 遺髪がおさめられていると伝えられています

山門です

花岳寺山門


もと赤穂城の塩屋惣門を 明治初年ここに移して山門としました。
現在 大石家長屋門とともに 僅かに残る元禄をしのばせる建物のひとつです

中に見えている松の木は 二代目 大石名残の松です
初代は 大石良雄(くらのすけ)が 亡き母のために植えた松で 赤穂を去る時に名残を惜しんだということから 名残の松と呼ばれていました 今は2代目の松です

花岳寺山門2


本堂です

花岳寺本堂


天井には 江戸末期の日本画の大額「竹に虎」が上げてありました

天井画


お墓は この奥にあるのです

拝観受付


忠義塚拝観料を払ってはいるとすぐこの忠義塚が目に付きます
義士の50回忌(1752)に建てられました
塚の後方 左手が浅野内匠頭と四十七士の墓所です
 

中央が主君浅野内匠頭 その右は大石内蔵助良雄 左は 大石主税の墓です
墓の向こうに見えているのは 宝物館です
浅野家や義士に関する宝物書物が収められています

義士の墓1


その周囲には 右側から格式順に四十七士の墓が並んでいます
これは左側です
青い花が入っている墓は ただ一人の生存者 寺坂吉右ヱ門の墓です

この墓は 義士37回忌に建てられ 遺髪がうずめられていると伝えられています

義士の墓2


水琴窟ちょっとおもしろいものを見ました
これは何だと思われますか?

水琴窟 (すいきんくつ)です
水道の蛇口のついている水琴窟  はじめてみました
なんとも・・・風情がないですね

そのほかに 義士木像館が ありました
内部は撮影禁止ですので写真はありません





大河ドラマでも 何回もされた赤穂義士ですが 大まかなところは知っていますが 義士一人一人のことは 何もしりませんでした

お寺でいただいた義士一覧表を見ると 下級武士が半分ぐらいいてました
石高で勘定する家でなく 5両3人扶持(神崎与五郎)なんて 本当に下っ端ですよ
そういう人たちが主君のあだを討ったのですね

浅野家の菩提寺というから もう少し大きい墓所と思っていました
本当に狭いところにそんなにおおきくない墓石だったのでビックリしました
始祖や先代の墓も 同じような大きさでした
浅野家は大名といっても たしか5万石 それで お墓もそんなに立派ではないのかしら?

赤穂は塩で有名ですが 元禄のころには 赤穂の塩は ブランド塩だったのですね
吉良家の領地でも 塩を作っていて その塩は赤穂のに比べて品質が落ちるので高く売れない
それをねたんでの 意地悪だったという説が有力だと聞いたことがあります
塩作りのノウハウを内匠頭に聞いたが教えてもらえなかったとか・・

こういう話は 一昨年 中国観音参りに行っていたときにバスガイドさんから聞きましたよ
年配のガイドさんでしたが 凄く歴史に詳しくて 感心しました


PCの故障で 更新が止まっていまして 久しぶりの更新です
これもまだ 人のPCから書いています

わたしのPC メインボード ファン 電源ユニットの3箇所 いかれてしまっていました
取替えることになっています
修理代金 なんと ¥89,000 延長保障でカバーできました よかったぁ

お彼岸ごろには戻ってくると思います



では今日も いつもの プッチン お願いしますね
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カメラ機種名 Canon EOS Kiss Digital X
撮影日時 2007/08/19
レンズ TAMRON AF 18-200