デジカメ散歩日記

どこに行くにも デジカメがお供 お花を写しに行ったり お寺だったり 近所のお散歩も・・そんな身近な写真です
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大きな画像入れてありますので クリックして大きくしてみてくださいね

摩耶山から 神戸 大阪が 一望できます
摩耶山は 神戸の中心 三宮から歩いても登れる山なのです
日本3大夜景というのがありまして 神戸 函館 長崎だったかな
神戸の夜景スポットは何箇所かあります

摩耶山の掬星台 ビーナスブリッジ 六甲ガーデンテラスetc. etc.
やはりマヤが一番だと思います

この日は 十六夜の月でしょうか 赤い月が 昇ってきました

月



そろそろ写しに行こうと ホテルを出て歩き始めたら 雨が降り始めた
慌てて戻った しばらくしたら上がったようなので 掬星台にいった
その日は 星祭りをしていて 大きな望遠鏡なども備えられている
あいにく雲が多くて星は見えないようです
掬星台の掬は すくうという意味 星をすくえそうなほど 近くに星が見える所からこういう名がついたらしい

キラキラ小道といって歩道が 天の川のようにキラキラと光るのよ

キラキラ小道2


キラキラ小道1



夜景を楽しみに 沢山の人が来ています
山の上は すこしは涼しいですね

夜景を見る人たち



では パノラマです

パノラマ1 これはワイドでの撮影です 天地をカットしています
写真をクリックしてください
夜景1



パノラマ2 写真をクリックしてね
夜景2


パノラマ3 これは3枚を繋いでいます 少し暗かったですね
夜景3



三宮から ポートアイランドです
夜景4




新しい試みをしてみました
パノラマスクロールです 自動でスクロールします
入っている写真は同じですが 少し大きくしてあります

では どうぞ こちら をクリック

初めて 遠景の夜景を写しにいきました
月も出て とってもラッキーでした 
露出とかは矢張り難しいです
暗いのとか明るすぎるのとかいろいろ出来ました

摩耶山 まだ続きます
次は お寺に行きましょうか
今日は とりあえず ここまで

摩耶山 その1は こちら


 
   
   
 
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摩耶山上 掬星台からのパノラマです
クリックして大きくして見てくださいね 大阪湾が一望です

8月20日 六甲山系の摩耶山(702m)に行った

近所のカルチャーで水彩画を教えておられる市山先生の主催で 毎年行われる夏合宿
今年は うんと近場の摩耶のホテルに一泊する
いつも六甲へは 車で行くのだけれど ケーブルとロープウェイ乗ってみたいので 往路は ケーブルとロープウェイで行くことにした

摩耶ケーブルが出来たのは 大正14年 日本初のケーブルだ
六甲山には 日本初が多いのだ ゴルフ場も最初に出来たのは六甲山だ

大震災で ケーブル ロープウェイともに壊滅的にやられて 経営していた会社は撤退 
一時は 動いていなかったが 神戸市が 無償で後を引き受け 2001年3月 再開された

摩耶山には 新西国22番霊場の天上寺というお寺があり 山号が 摩耶山 そこから山も摩耶山と呼ばれるようになった


ケーブル駅


ケーブルの駅は 三宮駅から六甲行きのバスに乗る
住宅街のすぐそばに 小さな駅がある

ケーブル


ケーブルカーも オモチャのように可愛い これは にじあじさい号

ケーブル2


緑のトンネルの中を 最大斜度29度の急坂をケーブルは上がっていく
距離は 965m 高低差は312m
途中で ゆめあじさい号とすれ違う

ケーブル3


ついたところで 今度は摩耶ロープウェイに乗り換える


ロープウェイ駅


ロープウェイも 小さくて可愛い これは  おりひめです
もう一つは 当然 ひこぼし 黄緑色でした


ロープウェイ



途中で おりひめと ひこぼしは すれちがいます


ロープウェイから



摩耶山鞠星台(きくせいだい) 星の駅に到着です
神戸の中心街が眼の下に見えます
ここが 夜景スポットです
向こうに見えるのはポートアイランドです 

眺め


ホテルはここから 600m 歩きました


オテル ド 摩耶



オテル ド 摩耶 以前は 神戸市営の国民宿舎摩耶ロッジとして ここにあったが 
今は おしゃれなプチホテルに生まれ変わった


バルコニー


イタリア料理が売り物なのです
今夜のディナーです 本当はもう一品あったのですが 写真を写すまでに食べてしまいました
とってもおいしそうだったのです
鮎のマリネーでした

ディナー


食後は マリンバの コンサートを ホテルの下の喫茶室でしました
いつもこの合宿は音楽がつくのです

マリンバ


マリンバ2



夜も更けてきました
さぁ いよいよ 夜景スポット 掬星台に出かけます

とりあえず ここまで・・

夜景は 次のページ ←クリックしてね
 
   
   
 
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8月16日は お盆の精霊送りだ 
昔は 川にお盆のお供えなどを入れた精霊舟を流したが 今はもうゴミになるといって 禁止している市町村が多い
私の市でも 禁止で 市が公民館などで回収する
初盆だった 我が家も 15日に 市の支所に持っていった

昨年 武庫川の尼崎側で 灯篭流しをしているのを知った
去年は 撮影だけしたが 今年は 灯篭を流しに行った
勿論 撮影もしたが 風が強くて 流れが速く 上手く写らなかった

この川で行います
ここは 阪神武庫川駅のすぐ下 阪神武庫川駅は 川の上にある駅です
右岸と左岸 行政区が違うのです 尼崎市と西宮市 とっても珍しい駅です
バスと電車に乗って 行きました

写真はクリックすると 大きくなります

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この灯篭流しは もう39年も続いている「平和祈願武庫川灯篭流し」
民間の団体が主催で 後援が 日中友好協会尼崎・西宮支部 尼崎原水協
共産系の団体が お坊さんも呼んで灯篭流しを しているのです


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来賓挨拶が終わり 読経が始まりました
読経が終わると献花 そして灯篭を流します


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風が強くて 蝋燭の火を中々つけることが出来ませんでした

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流れに乗って 流れていきます

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対岸では 花火をしていました

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流した灯篭は どうなるのでしょう
このままでは ゴミだといって 市からおこられます
ボートを出して 全部 回収するのです


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回収することが条件できっと許可を得ているのでしょうね

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ホームからもきっと とうろう流しを 見ていたのでしょうね
上の明るい所は 阪神武庫川駅のホームです

川の傍は すこしは涼しいでした
もう殆ど無くなった灯篭流し 何時までも続けて欲しいですね

毎年8月16日に行われます
阪神武庫川駅の尼崎側です
灯篭は 用意されています 一つ1000円でした
設営も撤収もボランテァの人たちがやっています

来年は あなたもいかがですか
 
   
   
 
燃える十三


この写真は 大阪十三の町が 20年6月7日の空襲で燃えているのを 麦畑から眺めている所を描いた絵です
 
13日に 月1回母校で開かれている トークリレーに行った
今月のテーマは 大阪大空襲 
戦争中 労働力が足らなくなったので 中学生 女学生は工場に勤労動員された
当時 16歳で 動員先の工場で 空襲にあい 九死に一生を得た方が 今日の語り部だ

語り部


語り部は 当時 豊中高女(現桜塚高校)を4年終了で 三国にある工場で 戦闘機 「紫電改」のフラップを作っていた
そこには 豊中高女のほかにも 北野中学の生徒の動員されていた

これは 紫電改のプラモデルです

紫電改


空襲警報が鳴り 急ごしらえの防空壕に逃げるが そこに 焼夷弾が 降り注ぐ

空襲


壕を出て 麦畑に分散退避 急降下した爆撃機による 機銃掃射

麦畑


彼女は腕を貫通され 動くことも出来ません
麦に火が移り このままでは焼けると必死で すこし離れた所まで逃げますが もう 動けません
みんな 自分が逃げるのに精一杯 あきらめて横になっていた彼女は、やはり「生きたい」と思い ひとりのおじいさんに声をかけます
そのおじいさんと もうひとり中学生が 彼女を抱えあげて 逃げてくれました
途中 爆撃で おじいさんはやられ 中学生は トタン板に彼女を乗せて 引きずって 運びました

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彼女は 避難所に寝かされ やっと 病院に入ることが出来ます
電気の消えた真っ暗な病院
ここで 彼女は腕の切断を 軍医からいわれますが 母親が必死になって反対し 切らないで処置をしてもらい 阪大の 整形外科に入院することになるのです 

漆黒の病室


提灯をつけて 集まっているところは 死んで行く人のところなのです

このあたりまで 話がすすんだとき 最前列に座っていた年配の男性が グラリ!!
慌てて 横の方がささえ Dr.は いませんか?
床に寝かして救急車を待つ
語り部と同じ工場に 中学生で動員されていた方だ
当時のことを生々しく思いだされたのだろうか

再開された講演は 後日談へと進む
学校に 彼女たち 動員生徒の記録が何もないと知り 記録集を作ろうとした 戦争から30年がたっていた
写真など無いので みな 絵を描かれた
本を作られ その結果 勤労動員されて亡くなった方も 戦死者と同じく補償金が 支払われたそうです
その絵が スライドで映し出された

当日の空襲で 女学生が7人 中学生が2人 亡くなった

心に残った言葉

「戦争を知らない子供たちという歌がありましたが 15年戦争で 私たちは戦争しか知らない子供たちでした」

いまも 世界の紛争地帯では 戦争しか知らない子供達が 多勢いる
とても悲しいことだ

わが 母校は 次の空襲 15日に爆撃され 中学生2人がなくなった
その弾痕の残る壁は 今もメモリアルウォールとして 保存されている

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なくなった生徒がかぶっていた鉄兜


鉄兜1



銃弾が 貫通しました 遺族から 学校に寄贈されました


鉄兜2



殉難の碑


こういう集まりには もっと若い人の参加が欲しいのだが 校庭ではクラブ活動をする生徒もいるが 今回は現役生の参加は無かった
いつも講演をするのは 卒業生なのだが 今回は 他校出身者 助けた中学生が 卒業生

講演に先立って 昭和11年に撮影された 中学生の軍事訓練風景の filmが上映された
当時のfilmは非常に貴重だ 痛んでいたのを デジタル修復して 鮮明に写るようになった

映写したのを写したものです
福知山の陸軍の演習場での訓練風景です
まだ 政局は 差し迫っていませんので 穏やかな表情です

軍事訓練1


軍事訓練2


軍事訓練3


軍事訓練4


追加です

動画を追加します 
16mm映写機が非常に高価だった時代 映像はあまりのこっていません
撮影されたのは 当時在学中の鴻池氏 同窓会に寄贈されました
上映中をコンデジの動画で写したもので 見ている人の声が入っています
当時を知る世代と戦争を知らない世代の会話です 



重たい話題を 長々と つづってしまいました
せめて 年に一度でも 学校にも行けず 戦争で死んでいった彼らのことを 思い出して 今の平和を 守らなければと思います

合掌

リンク  ひみ子の隠れ家さんが 「君死にたもうことなかれ」の前文を載せておられます

     鹿児島のまるこさんも 語り部の幅氏を聞きに行かれて 俳句を読んでおられます

      特攻の心にふれる暑い夏  


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夜空に咲いた青い花

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ちょっと幻想的な花火
これは レンズが開いている間にピントリングを回すことで
ぼけて こういう風になりました
中ごろまできたら こんな遊びを出来る余裕が 出てきました
 
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では 続きの花火 見てくださいね

PowerShot A95で 動画も写しておきました
サイズは小さいですが どんどんと連続して打ち上がる様子を
音とともに お楽しみくださいね

一番最後に 2編 アップしています


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この仕掛け花火↓は 動画でたっぷりと お楽しみいただけます


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フィナーレ もう明るくって 飛んでしまいました
動画で ごらんいただけます

hanabi13 フィナーレ



動画です


フォトアルバムを CANON iMAGE GATEWAY にて作成しました。
下記から ご覧ください。

クリックすると Canonのアルバムが開きます
1 アルバムを見るをクリック 
2 画像をクリック 
3 映写機のマークをクリックで ビディオが始まります
では どうぞ

オープニング編 フィナーレ編 2本立てです
では どうぞ

動画のアルバムは こちら クリックしてお入りください


画面の下のほうに 時々見られる 青白い四角く光っているのは デジカメのモニターです
みんな手を伸ばして写しています
時代を感じますね

動画 ご覧になれない方が多いようです
大画面スライドショーにしてみました
ここに掲載しなかった写真も入っています
又違った感じでごらんいただけますので どうぞ

スライドショーは こちらを クリックしてね

では また 来年を お楽しみに

最後まで見てくださって ありがとうございました

2005年平成淀川花火大会 part1は こちら です

使用機種 
写真 EOS Kiss DN 
レンズ TAMRON AF18−200


動画 
CANON PowerShot A95



 
   
   
 
8月6日 「第17回平成淀川花火大会」に行った
淀川河岸で 北大阪一の人気の花火大会だ 
毎年 打つ上げ数 20000発 観客40万人の規模でおこなわれる

HPより引用 
 ひと言でいうならば、水都大阪を流れる淀川とわが街をこよなく愛する地元ボランティアスタッフが周辺企業・団体・商店など地域住民の方々のご寄付のみによって財政をまかない代理店などのエージェンシーをいっさい入れずに「企画・運営・実行」を手がけるという「手作りの花火大会」なのです。

 名前のとおり誕生は平成元年。過去16回にわたり開催されてきた「十三どんとこい祭」の運営委員会を母体として結成された「平成淀川花火大会運営委員会」が街の活性化を願い発足しました。

 


昼過ぎに 雨が降ったが すぐに上がり 曇ってはいるが まずまずのお天気
開始2時間前に会場入りをしたが 既にもういっぱいの人が来ていた


会場



高い位置からの撮影のほうが 水面も映り いいのだが 土手の斜面からでは 何分にも不安定
この場所で 3時間(待つのも入れて)は キツイので 河川敷に場所を移すことにした

今日は Kiss DNで 初めて花火を写すのだ
デジでも blub撮影ができるようになっているので blubでの 多重撮影をもくろんでいた
お茶缶の蓋も用意した

ところが 開始10分前に レリースシャッターが動かなくなった
エェ!! もう真っ青 さっきまで 大丈夫だったのに・・・
はずしていじくっているうちに 本体のシャッターでは大丈夫だったので レリースなしで 写すことにした
上手くいくだろうか 多分 ブレが出るだろうなぁ

とにかく 写しました
もう少し 時間を長くしたほうが良かったみたいです
F8 1sが 殆どです
写真を クリックすると 原寸になります
大きくご覧くださいね


花火1


花火2


花火3


花火4


花火5


花火6


花火7


花火8



花火9



花火10


花火11



花火12



花火13


今日は とりあえず ここまで 
後半分は この次に入れます
また スライドショーも作ろうと思っています
また 見てくださいね

後半は こちら クリックしてね


リンクしてます
平成淀川花火大会は こちら
日本の花火は こちら

花火についてもっと知りたい方は 見てくださいね
 
   
   
 
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暑い日の昼下がり 公園の大楠の木陰のベンチに座っていた
そこへ セミ取りアミと水筒を持った 男の子がやってきた

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この木に セミいるかなぁ

どこにいるかなぁ


あ いた いた 

いた いた 


残念 逃げられた

逃げられた


滑り台に登ったら 届くかな  登ってみようっと

滑り台の上から 見ようっと


あ いた 届くかな


いるかなぁ


あっちの木に 行ってみようかなぁ

あっちの木にしようかな?



ここで 最初の写真に戻ります
無事に 大きなクマゼミが取れました


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水筒もチャンと肩からかけて まるで 絵に描いたような 夏の日の少年

井上陽水の 「少年時代」が聞こえてきそうな午後だった

 
   
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