デジカメ散歩日記

どこに行くにも デジカメがお供 お花を写しに行ったり お寺だったり 近所のお散歩も・・そんな身近な写真です
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赤穂散歩 今日は町歩きです
そこここに残っている古い城下町の風情などをご紹介します

わたしは JRで 播州赤穂間で行きましたが 駅からもう忠臣蔵 ですよ
改札を出て 海の方向 すなわちお城の方を向けばこの大きな字が目に入りますよ

駅 忠臣蔵


スライドショーにしてみました ご覧下さいね
一時停止は ll のマーククリックでできます




古い町のご他聞にもれず 店じまいをした商店もありましたが 地元の大学(関西福祉大)の学生たちが街づくりプロジェクトに参加して 浴衣姿で 農産物などいろいろ売っていたのが元気でかわいかったです

写真を写していないのです
関西福祉大 聞いたことがある学校だなぁと 思っていたのですが 中学高校と同じだった同窓生が 確か 赤穂で教鞭をとっているといっていたのを思い出しました
この大学でした

地方都市はどこも財政的にも大変なところが多いと聞いていますが 若い力も取り込むといいですね

赤穂市は 観光PRが下手ですね
忠臣蔵だけに頼りすぎていると思います
市のHPも 観光にあまり寄与しているようでもないです
桜のときに 赤穂御崎へいこうといろいろ調べたのですが わかりやすいページがなくて
いろいろなサイトを調べてやっとバスの駅とか食事をどこで取ろうとか決めてでかけました

今回も赤穂御崎に泊まって 海の魅力たっぷり味わってきました
泊まったのは 簡保の宿 「保養センター」です

保養センター 保養センターロビー


お食事もよかったです 満足でした
夕食は お魚尽くし 鯛の姿もりに鯛寿司 瀬戸内のはもを使ったはもすき 豪華でしょ
写真は小さく表示していますが クリックでおおきくなりますよ

朝食はバイキング 種類が多くてこれまたびっくり
いっぱい選んでしまいました 朝からこれだけ完食 ダイエットなど ぶっ飛びです

かんぽの宿 赤穂 夕食 かんぽの宿 赤穂 朝食



日生貴之さんわたしたちの夏合宿は 毎年コンサートつきで企画されています
今回は 赤穂在住のトロンボーン奏者 日生貴之さんの演奏とお話でした
トロンボーンは オーケストラの一セクションとして聞くことがほとんどで ソロ演奏は新鮮な感動を覚えました

絵の発表本来は スケッチの合宿ですから 描いた絵の発表 市山先生による講評があります
わたしは写真ですから 発表はなしです


坂越から赤穂 7回にわたってご案内してきた赤穂への夏の旅
これで一応おしまいです

わたしたち3姉妹はこの後姫路城に行ってきました
次回は 世界遺産 姫路城をご案内します

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カメラ機種名 Canon EOS Kiss Digital X
撮影日時 2007/08/19
レンズ TAMRON AF 18-200







 
   
   
 
赤穂散歩 2日目は 赤穂城です

故障で入院していたわたしのデスクトップ 帰ってきました
これで また 更新ができます

赤穂の城は 赤穂浅野家の藩祖浅野長直が 慶安元年(1648年)から13年かけて築城されました

背後に海を控えて 千種川の河口に築かれた平城です
甲州流の軍学者 山鹿素行の手も入っているといわれています
浅野家断絶後は、永井家、森家の藩主の居城となりました。

明治になり廃藩により城は取り壊され 石垣の石もほかの工事に転用されたりしていましたが 整備が進められ 昭和30年に大手門や隅櫓を復元 本丸門が平成8年に復元されました
今も 順次整備を進められています

大手門です
毎年12月14日に行われる義士祭りでは この門をくぐって義士たちの行列する姿が TVnewsで流れます

大手門


大手門と隅櫓です
復元といえ 2層式の美しいやぐらです

大手門と隅櫓


大手門をくぐって中に入ります
中から見た景色です この大手門のあるあたりは 三の丸と呼ばれている部分です

大手門から城外を見る 大手門ないから見た隅櫓


城内には 大手門から本丸に行く途中に 家老大石良雄邸もありました
いま 残っているのは 長屋門だけですが 当時のものです
内蔵助が毎日通った門です

大石邸長屋門正面


大石邸の案内板 大石邸 長屋門


ほかにも 近藤源八邸の長屋門の長屋部分の一部が残されています
近藤源八は 千石取りの藩の重職にあり 大石とも姻戚関係でしたが 討ち入りには加わっていませんでした

この長屋は 下級武士の住まいにされていましたが 後年立て替えられています
それでも江戸期の下級武士の生活ぶりがわかりますね

写真クリックでもっと大きくなります

源八長屋


本丸部分は 門も復元され 内部は石畳で間取りがわかるようになった史跡公園です
堀は水草で緑になり 一見したところ地面のように見えます
あわてんぼうさんが間違ったら行けないから立て札がありました
ここは水が入っています 地面ではありませんって

本の丸門 石垣と堀


この門を入ると本丸御殿です
築城された当時は このように真っ白できれいだったのでしょうね

門


石畳で 建物の間取りがわかるように復元してあります
笹山城も同じ方式でしたよ

歩きながらいろいろと想像できます

石畳の間取り


天主台です ここは最初から 天守閣はありませんでした
世の中が落ち着いてきてからの築城でしたので 天守閣が作れなかったのでしょうか
これもまた 篠山城と同じですね

天主台 本丸庭園


二の丸のあった辺りは今もまだ整備中です
城内がきちんと整備されたら よい史跡公園になると思います

大石邸のあったところは 今は 大石神社になっています
大正元年 大石内蔵助良雄はじめ四十七士と萱野三平を合祀して創建されました
義士宝物殿が あります

大石神社 鳥居 大石神社


赤穂城跡をご案内しました



非常に暑い日で 外を歩くのは大変でした
大手門の前の蕎麦屋さんにお昼の予約を入れていたので あまりゆっくりとできなくて駆け足の見物になりました
まぁ 時間があっても 屋根のない戸外の史跡は真夏に行くものではありませんね
秋とか 冬に行かれるといいですよ

毎年12月14日には 義士祭が 行われ 大手門からお城どおり そして播州赤穂駅へと 義士に瀕した市民の行列が町を歩きます
今年で義士祭は 104回目になるそうです

赤穂の城跡 アルバムにまとめています アルバムは こちら
よろしかったら スライドショーでご覧くださいね


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撮影日時 2007/08/19
レンズ TAMRON AF 18-200






 
   
   
 
夏休みに行った兵庫県赤穂のご案内です

赤穂といえば 忠臣蔵 それ以外あるのは海だけといってもいい忠臣蔵オンリーの町です

まず 四十七士のお墓のある花岳寺におまいりしましょう

JR播州赤穂駅からのMAPです


拡大地図を表示

花岳寺は 浅野長直公が常陸笠間から赤穂に所替えになったとき、浅野家の菩提寺として建てられました。
赤穂藩歴代藩主の菩提寺であり 四十七士の墓には 遺髪がおさめられていると伝えられています

山門です

花岳寺山門


もと赤穂城の塩屋惣門を 明治初年ここに移して山門としました。
現在 大石家長屋門とともに 僅かに残る元禄をしのばせる建物のひとつです

中に見えている松の木は 二代目 大石名残の松です
初代は 大石良雄(くらのすけ)が 亡き母のために植えた松で 赤穂を去る時に名残を惜しんだということから 名残の松と呼ばれていました 今は2代目の松です

花岳寺山門2


本堂です

花岳寺本堂


天井には 江戸末期の日本画の大額「竹に虎」が上げてありました

天井画


お墓は この奥にあるのです

拝観受付


忠義塚拝観料を払ってはいるとすぐこの忠義塚が目に付きます
義士の50回忌(1752)に建てられました
塚の後方 左手が浅野内匠頭と四十七士の墓所です
 

中央が主君浅野内匠頭 その右は大石内蔵助良雄 左は 大石主税の墓です
墓の向こうに見えているのは 宝物館です
浅野家や義士に関する宝物書物が収められています

義士の墓1


その周囲には 右側から格式順に四十七士の墓が並んでいます
これは左側です
青い花が入っている墓は ただ一人の生存者 寺坂吉右ヱ門の墓です

この墓は 義士37回忌に建てられ 遺髪がうずめられていると伝えられています

義士の墓2


水琴窟ちょっとおもしろいものを見ました
これは何だと思われますか?

水琴窟 (すいきんくつ)です
水道の蛇口のついている水琴窟  はじめてみました
なんとも・・・風情がないですね

そのほかに 義士木像館が ありました
内部は撮影禁止ですので写真はありません





大河ドラマでも 何回もされた赤穂義士ですが 大まかなところは知っていますが 義士一人一人のことは 何もしりませんでした

お寺でいただいた義士一覧表を見ると 下級武士が半分ぐらいいてました
石高で勘定する家でなく 5両3人扶持(神崎与五郎)なんて 本当に下っ端ですよ
そういう人たちが主君のあだを討ったのですね

浅野家の菩提寺というから もう少し大きい墓所と思っていました
本当に狭いところにそんなにおおきくない墓石だったのでビックリしました
始祖や先代の墓も 同じような大きさでした
浅野家は大名といっても たしか5万石 それで お墓もそんなに立派ではないのかしら?

赤穂は塩で有名ですが 元禄のころには 赤穂の塩は ブランド塩だったのですね
吉良家の領地でも 塩を作っていて その塩は赤穂のに比べて品質が落ちるので高く売れない
それをねたんでの 意地悪だったという説が有力だと聞いたことがあります
塩作りのノウハウを内匠頭に聞いたが教えてもらえなかったとか・・

こういう話は 一昨年 中国観音参りに行っていたときにバスガイドさんから聞きましたよ
年配のガイドさんでしたが 凄く歴史に詳しくて 感心しました


PCの故障で 更新が止まっていまして 久しぶりの更新です
これもまだ 人のPCから書いています

わたしのPC メインボード ファン 電源ユニットの3箇所 いかれてしまっていました
取替えることになっています
修理代金 なんと ¥89,000 延長保障でカバーできました よかったぁ

お彼岸ごろには戻ってくると思います



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