デジカメ散歩日記

どこに行くにも デジカメがお供 お花を写しに行ったり お寺だったり 近所のお散歩も・・そんな身近な写真です
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伊藤博文別邸で お雛様の展示をしていました
当時のものではなく 昭和の其れも割りに新しいお雛様でしたが なかなか立派なお雛様でした


お内裏様1



七段飾りです 6条の座敷いっぱいになっていますよ
こんなの普通の家に飾ったら 寝るところなくなってしまうわ

日光で痛むのを避けるため 窓を背にして飾っているので 完全に逆光です
部分測光でフラッシュは使わないで写しました


7段飾り1



このお内裏様 ふっくらとしていいお顔ですね

お内裏様


男雛は 優しいお顔 

お内裏様4


官女も べっぴんさん

官女


右大臣 左大臣は 内裏側から見た右 左だったかな?
さて こちらは 向かって右に飾ってありました 右大臣でしょう
若くて男前です

右大臣?


これは嫁入り道具 たんす 長持ち 

たんす長持ち


これは 牛車 さしずめ高級外車ね

牛車


棚には 市松人形が飾ってありました
子供の頃 この人形のことを いちまさん と呼んでいました

市間人形1


市間人形2



2階の座敷にも 飾ってありました
こちらも 七段飾りの堂々たるお雛様でした
 
お内裏様3


こちらは 山口県龍蔵寺本堂で展示してあった 古いお雛様です
素朴で素敵なお雛様でした
こんなお雛様なら 欲しいです

龍蔵寺のお雛様


これは お雛様ではありませんが 山口の伝統工芸品 「大内人形」です
この写真のものは今回の旅行で買ったものではなく 
もう忘れるぐらい昔にお土産でいただいたものです
漆塗りのお人形というのは 珍しいですね

大内人形



子供の頃 関西では というより 我が家では おひな祭りは 1月遅れの4月3日にしていました
その頃には 桃も桜も咲いていたのです
春休みに入ったらすぐに おひな様を出して床の間に飾ってもらいました
我が家のお雛様は 一番上の姉の生まれたときのもので 御殿に入っているお雛様でした
御殿飾りというのです 昭和初期にはやったのだそうです
いまは 博物館で 展示している所もありますね
友達のは 段飾りだったので ちょっと自慢だったのを覚えています

お部屋が二つあり 手すりのついた廊下 階段 屋根もありました

小さな重箱にお寿司を入れてもらって 喜んでいた 子供時代が 懐かしいです

カメラはありましたが フラッシュなどついていなくて室内で写した写真は ないのです
そのお雛様はもうありません

古いお雛様を見ると懐かしくなります


カメラ機種名 Canon EOS Kiss Digital N
撮影日時 2006/02/20




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松下村塾から 歩いて5分ぐらいの所に 初代総理大臣 伊藤博文旧居があります
左手に 博文公の 像がありました
この蔵が 萩焼で出来ているそうです

伊藤博文生家



伊藤博文は 天保12年 周防国熊毛郡束荷村(山口県熊毛郡大和町 に生まれ、父は長州藩軽率伊藤直右衛門の庸人林十蔵で、蔵元付仲間伊藤家の養子となり、下級の武士身分を得た。

家貧しく 12,3歳で若当奉公に出 14歳のときに伊藤姓を名乗った。
松下村塾で学び 尊王攘夷運動に加わります

旧居の見取り図です
小さな部屋が あります


見取り図




室内1


奥に写真がかざってありました
長年見慣れた肖像写真です

写真


室内2


台所です

かまど


隣に 立派なお屋敷がありました
東京ににあった別邸の 玄関部分と大広間などを移築したものです 

別邸玄関


玄関を入ったところの廊下です

廊下


左手に大広間があります

座敷1


立派な床の間です
ここに 明治天皇をお迎えし 玉座として使うつもりだったそうですが 暗殺され
出来ずじまいでした

床の間


欄間です 非常にシンプルなデザインです

欄間


廊下の天井です
たたみ5枚分の杉の一枚板です

天井


右手には 離れ座敷があります
ここでは 季節柄 雛人形の展示をしていました
其れはまた ぺージを改めて 載せます

お雛様は こちら

旧宅には 初代兵庫県知事として赴任する28歳まですんでいたそうです
兵庫県人ですが 伊藤博文が 初代知事だったってことは 知りませんでした
このあと 博文は 初代総理大臣になり 明治42年 中国ハルピン駅で暗殺されました

水のみ百姓の子として生まれ 下級武士身分を得 激動の中を ぐんぐんと出世していった有様を 具体的に家という形で見るころは出来ました

伊藤博文といえば 女好きということで知られていますが この家は非常にすっきりとしたシンプルなものでした
秀吉のように 金ぴかの成金趣味の持ち主ではなかったようです
この家は 冬は寒いだろうけれど 落ち着いたいい家でした
宮大工が建てたものだそうです

カメラ機種名 Canon EOS Kiss Digital N
撮影日時 2006/02/20




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中国観音霊場巡礼の旅も 今回で 9回目になった


今回の行き先は 山口県 萩市 島根県 浜田市
あさ 出発時は 雨が降っていた 西に向かって走るので 広島に入った頃には もう小降りになって萩では お日様も出てきた
お寺参りは翌日ということで 観光をする

まず 松陰神社 萩は維新の志士たちを多勢 輩出した毛利家の城下町
吉田松陰は 神様になって祭られているのね


鳥居をくぐって少し行くと なんだか小汚い小さな建物があった
これはなに? 立て札があるわ
ひょっとして これがあの有名な松下村塾
そうでした この小さな寺子屋のような所で 幕末の維新の志士たちが 勉強をしていたのです

吉田松陰は 萩藩士の家に生まれ 5歳で 山鹿流兵学師範の吉田家に養子に入る
松下村塾は もとは叔父玉木文之進が始めた私塾です 

松下村塾



高杉晋作、久坂玄瑞、入江九一、吉田稔磨、前原一誠、品川弥次郎、野村靖、山田顕義、松浦松洞、伊藤博文、山県有朋、松本鼎などの逸材はことごとく松門の出身です。


松下村塾2



傍らで梅が咲いていました

松下村塾の梅



梅1



松下村塾の隣に もう少し大きな家がありました
ここが 松陰の実家 萩藩士の杉家です 

藩に黙って東北旅行をしたかどで 松陰は 士分を取り消され杉家預かりの身になっていたのです
そのときに 傍らの松下村塾で 教えていました

旧杉家 松陰幽囚の家


この正面のみなが向かっている3畳半の部屋で 日がな読書をし そして教えるようになったのです 

このまま まっすぐ行くと松陰神社です


松陰神社鳥居



松蔭神社


午前中 雨が降っていたそうですが ご覧の青空になりました

狛犬



少し大きな風格のある建物がありました
これは 7代藩主が建てた 茶室「花月楼」 防府から萩に移築されました


花月楼1



この茶室は 花月式茶会を催すための茶室で 花月式は8畳以上の広間が必要とされています


花月楼2



松陰歴史館に 吉田松陰の実物大より大きいぐらいの像がありました
松陰は 安政の大獄で 29歳で刑死しています
なんだかこの松陰さん ちょっと小泉さんに似ているわ

別に小泉さんが 松陰に匹敵する時代のリーダーというつもりはありません

松蔭像



もうひとつ これは 萩焼きでしょうか
伊藤博文生家の前のお店のウインドウにありました


吉田松陰像2



ここから歩いて 伊藤博文生家なども行きましたが またこの次ね


カメラ機種名 Canon EOS Kiss Digital N
撮影日時 2006/02/20




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