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鉱石の道の旅 最後に 1円電車に乗りました

兵庫県生野銀山を中心とした鉱石の道をたどる旅 いよいよ最終章です乗り物好きにマニアックな人気のある明神電車 通称 「1円電車」に乗せてもらいました一円電車(明神電車)とは乗車料金が1円なので「一円電車」の名前で親しまれた。正式名称は明神電車である。昭和20年(1945年)に、鉱山従業員の通勤用として運行を開始。昭和62年(1987年)明延鉱山の閉山によって廃止された。客車には、「くろがね」「白金」...

あけのべ探検坑道 鉱石の道をたどる旅6

鉱石の道をたどる旅もいよいよクライマックス ヘルメットをかぶって坑道の中を歩きます目指すは明延鉱山の探検坑道です明延鉱山は 兵庫県養父市大屋町にあり 古くは飛鳥時代から開山されていたと伝えられています以降、銀山、銅山として、大仏鋳造にも明延産出の銅が使用された。明治に入り錫鉱が発見されてからは、「日本一の錫の鉱山」として 日本の発展に尽くしました昭和62年、世界経済の波に飲み込まれる形で、地下に多く...

明治の洋館「ムーセ旧居」 鉱石の道をたどる旅5 

神子畑選鉱所に寄棟造りの洋館がありましたこの洋館は 生野鉱山で外国人住居として建てられたものです明治初頭、生野鉱山で働く外国人技術者のために、生野に宿舎(個人住宅)が5棟建設された。そのうち、ムーセ旧居はフランス人技師ムーセの住居となっていた二番館である。ムーセが日本を離れた後、鉱山が発見された神子畑に移築され、事務所兼診療所として利用された Wikipediaより引用鉱山閉山後は ムーセ旧居と呼ばれたが ...

鉱石の道をたどる旅4 神子畑選鉱場

鉱石の道をたどる旅 今日は 神子畑選鉱所のご紹介ですここは もう操業はしておりません 建屋も取り壊され コンクリートの基礎部分屋壁が残っているだけの廃墟です廃墟マニアにはたまんないでしょう私は廃墟マニアというわけではありませんが 大変美しいなぁと思いましたバスの前方に見えてきました みたこともない構造物ですここは普段は立ち入り禁止の部分が多いのです今回は 昔ここで働いておられたガイドさんにも来てい...

鉱石の道をたどる旅3 神子畑鋳鉄橋

しばらくデジカメ散歩をお休みしていましたので 撮影済みの写真が残っています昨年の12月に行って 途中までアップしたままになっていた兵庫県の「鉱石の道」をたどる旅を 再開します前回は 生野銀山街歩きまでアップしましたが 今日は 日本最古の鋳鉄橋 神子畑鋳鉄橋のご案内です神子畑鋳鉄橋(みこはたちゅうてつきょう)は、兵庫県朝来市の神子畑川に架かる鋳鉄一連アーチ橋で 鋳鉄橋としては 日本最古のもので 18...

「鉱石の道」をたどる旅 銀山の町を歩く2

「鉱石の道」銀山で栄えた町 生野のまちあるき 続きですまず 「生野町づくり工房 井筒屋」さんに行ってきましたここは 江戸時代の郷宿を営んでいた築170年の古民家で 再生して街づくり活動の拠点になっています ここは 吉川(きっかわ)さんの家だったところです江戸時代 吉川家は代々山師を務めていました江戸時代、生野代官所から銀山の採掘権を与えられた鉱山師(鉱山の経営者)を、山師といいました山師は 労働者...

「鉱石の道」をたどる旅 生野の街並み散策1

今月初めのことですが 「鉱石の道」をたどる小さな旅してきましたた鉱石の道とは 生野 神子畑(みこはた) 明延を結ぶ 鉱石を運んだ道で 生野 神子畑は現在は 朝来市に属し 明延は 養父市になります生野銀山の歴史は古く 大同2年(807年)に銀が出たと伝えられています 室町時代以後 織田信長 豊臣秀吉の直轄時代を経て 徳川時代 「佐渡の金山」「生野の銀山」「石見銀山」とならんで天領として 徳川幕府の財...