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内子散歩2 伝統的建造物保存地区

内子散歩 後編です伝統的建物保存地域に行こうと地図を広げましょう伊予銀行の手前で左の道へいきますこの道です 右 写っていませんが 伊予銀行ですでは続きで 見てくださいね続きに行く前に いつものお願いですブログランキングに参加しています  応援してくださいねバナー または こちら FC2ブログランキングを プッチンと クリックしてね  今日も 応援 ありがとうございます m(__)m 応援クリックは 一日一...

内子散歩1 商いと暮らし博物館ほか・・

内子座を後にして 古い町並みを歩きましょうこの辺りは本町通 古い金物屋さんがありましたその看板がよかったわ 古い商店の看板って とっても魅力的なのがあるのよねそういうのを発見するのも 町歩きの楽しみの一つですでは続きでゆっくりと内子散歩 楽しんでくださいね見ものは「商いと暮らしの博物館」 楽しい施設でしした続きに行く前に いつものお願いですブログランキングに参加しています  応援してくださいねバナ...

重要文化財内子座を見学しました

内子座は 大正5(1916)年 大正天皇即位を祝って商家の旦那衆が建てた芝居小屋です木造2階建て 瓦ぶき入母屋造りで 回り舞台や花道 升席などを整えた本格的な劇場です建設当時 内子は 木蝋や生糸 和紙などの生産で栄えてたといいます商売繁盛してくると旦那衆は謡などの習い事に励んだりするものです芸術・芸能に目覚め 愛してやまなくなる  この劇場を建てた人たちも多分そうだったのでしょうこけら落としの出し物は...

特急【宇和海9号】で 松山から内子へ

広島・松山旅行も いよいよ3日目 最終日です船で松山入りして リムジンバスで市内中心部まで入りましたので JR松山駅は 初めてですJR四国の予讃線の駅です駅名標のコメントは「坊っちゃん、マドンナと道後温泉の駅」1927年(昭和2年) 高松方面から延びてきた予讃線の駅として開業したのですが 当時すでに伊予鉄道の松山駅が存在していて ここで ちょっともめたんだそうですよ国鉄としては 県庁所在地の松山という駅...

松山観光は 坊ちゃん列車 と 路面電車で 

道後温泉に入って おいしい料理を食べて 水軍太鼓のアトラクションを見て 広いお部屋でぺちゃぺちゃ 女子トークタイムいつしか眠りにはいり 朝がきた  やったぁ  晴れている朝食バイキングもきっちりいただいて 行動に備えます旅先での朝のバイキングは大体和洋取り混ぜです旅行三日目のこの日の予定は伊予鉄道 道後温泉駅  JR松山駅 JR松山駅 特急宇和海9号 予讃線 内子駅  内子で街歩きなど観光と 昼食内...

道後温泉本館でゆったり まったり

いよいよ 国重要文化財に指定されている道後温泉本館で温泉に入って 2階で休憩して 窓から外の通りを眺めるのですTVや雑誌で見るたびに あれ いいなぁ と思っていたのですまず 二階休憩室へと階段を上がります階段を上がったところは 神の湯二階婦人席となっています玄関の真上当たりなのでしょうか 正面に 商店街のアーケードが見えています丸みのあるのが玄関の唐風の屋根ですね  瓦もいろんな形がありますねこの...

坊ちゃんも入った 道後温泉本館

萬翠荘を後にして この日の宿泊地道後温泉へと向かいます坊ちゃん列車か路面電車に乗っていく予定だったのですが 朝早くから 行動していましたので 疲れました早くお風呂に入りたいので タクシーでホテルに向かいましたホテルにチェックインして 休む間もなく 道後温泉本館へと向かいました木造三層楼の本館は 明治27年に建てられ 平成6年に温泉施設として日本初の重要文化財に指定されましたあのジプリの「千と千尋の...

ステンドグラスが素敵な萬翠荘 その2

松山のロマンティックな洋館 萬翠荘 その2ですこの邸宅 萬翠荘は、大正11年(1922年)旧松山藩主の子孫にあたる久松 定謨(ひさまつ さだこと)伯爵が、別邸として建設したものです。総面積887.58m²(268坪)の地下1階、地上3階、愛媛県で最も古い鉄筋コンクリート造りです陸軍駐在武官としてフランス生活が長かった伯爵の好んだ純フランス風の建物は 当時松山での最高の社交の場として皇族方も松山に来られた折には必ず立ち...

大正ロマンの香り漂う洋館 萬翠荘

松山城を後にして 次は 城を出た殿様の子孫の久松伯爵が別邸として建てられたフランス・ルネサンス様式の洋館 「萬翠荘」へ行きましたガイドの方に聞いたら お城のちょっとした 坂の上の雲ミュージアムの奥ということでしたロープウエイで下山して ロープウエイ街を下っていきましたどこかに右(西)へ入っていく道がないだろうかと 歩いたのですが ないのですね路面電車の走っていた大通りまででて 降りてきた道の一本西...

松山城その3 天守からの眺め

伊予松山城 いよいよ 天守閣へ上がりますこの大天守が建てられたのは 徳川末期 ペリーの黒船襲来の翌年です天明4年(1784)天守落雷で焼失 文政3年(1820)から再建工事に着手し、35年の歳月を経て安政元年(1854)に復興しましたその時の城主は 松平勝善公です現存12天守の中では、唯一、親藩(松平氏)が建築し、「丸に三つ葉葵」(通称:葵の御紋)が付された城郭となっています【親藩】とは江戸時代、尾張・紀伊・水戸...

伊予松山城 その2 

伊予松山城 いよいよ本丸にやってきました松山城の本丸は細長いです上の写真は 下の図の本丸の文字の右上の星印のところから写したのです石垣のヘリすれすれまで進めたらもっと石垣がうまく写せたのですが 危ないので柵があって 入れませんでした背後に 太鼓櫓がありました石垣の下は切り立った崖になっていて ちょっとよじ登ってこれそうもないですねそしてリアス式海岸みたいにギザギザ 屏風折れです一番手前の櫓は 馬具...

坂の上の伊予松山城 その1

♪ 呉から船に乗って 松山についた~~  ここは 城下町 マドンナがいるよ  「長崎から船に乗って・・・・・」 のメロディーで歌ってねいよいよ お城に行きますランチをした伊予鉄ビルのすぐ横から城への坂道が続いていますそこを登っていくのです左の石碑は JR駅前にあったものです「春や昔 十五万石の 城下町」   正岡子規「春や昔」は 司馬遼の「坂の上の雲」の第一章のタイトルに使われていますロープウエイ...

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